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追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上  1 ~小説は大人の読み物~

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「完成品を作り直したですって?」 
 二日間のあらましを数分前レコーディングスタジオに顔を出したカワニに打ち明けた。マネージャー業務は遠征に出た一週間の長旅を目処に、帯同したメンバーへ休暇を与えることで彼も休日を手に入れていた。強制的に休ませたい一身でカワニは帰国後の二日をも稼働予定という架空のスケジュール組み、アイラ・クズミに関する一切の業務に空白を作ったのである。経費の無駄とは言いがたい、語弊がたぶんに含まれる、フライトが遅延した場合に備えての予備日、という逃げ道の用意も十分だ。ちなみに、搭乗前の天候悪化や整備不良は含まれていない見落としは、カワニらしい。当然のことならがアイラ・クズミの専属スタイリストのアキは休日ならがらも二日分の報酬を得られる、事務所員の楠井も報酬こそ出ないが大手を振って臨時休暇を獲得していた。それもこれもカワニの策略、私を間接的に休ませる環境に追い込むためでもあるようだが、本心は所属タレントの健康管理と自身の管理が半々といったところ、アイラはヘッドホンを首にかけて傍に立つカワニをぼんやり視野に取り入れた。
 たこ焼き、お好み焼きの香りが届く、ほんのり熱も感じられる。カワニはビニール袋を提げていた、昼食をはずした時間帯の彼は何かしらの食べ物を持参するのだった。
 エンジニアのキクラはちょうど昼食に出かける矢先、ばったり廊下でカワニと出くわしていた、ドアに顔を覗かせるので、仕事の再開は昼食後である旨を頷きひとつでアイラは、彼に意思を伝える。キクラと入れ替わるカワニがスタジオ内で作業の進捗状況をアイラに問いかける役目を交代するバトンを手渡した、とも捉えようによってはありうる。もっともクライアントの注文に応えた一、いや零から新作と位置づけ手直しを施す曲は、スタジオ入室から数えて約三時間後の現在のつい先ほどだ、カワニが来る数十分前に完成にこぎつけた。タバコを吸って戻り、カワニが登場、という場面である。キクラが目線で訴える画面作業はつまり、ほころびをひろう、感度を上げる最終的な仕上げの確認であって、骨組みを目安に方向性の良し悪しを話し合う状況は昨日の午後にはその段階を通過していただろうか、よく覚えていない彼女にしては、これでも昨日の記憶を覚えている方だった。おそらくは作業内容が特別な過程を踏んだ、やり直しによるテーマの重複から前作とは一線を画したもの、その重なりを避ける意識が記憶中枢の刺激したのではないのか、という彼女自身の裏づけを持たない仮説。自室のドアに手をかける頃にはすっかり見る影もなく席を空けた記憶の居場所を必ず明け渡さなくてはならない、なぜならば一日で強制的な立ち退きを彼女が命じるから。記憶の断片は壁紙にでも隠れて室内の風景が映し出す、あるいは取り外されない鏡に風景が固着した、はたまた、天井が映し鏡となって生活感か触れる日常をそっくり呼び出して続けていた、のかもしれない。
 アイラは作業用の専用席(天板のみのデスクとPC、軋む事務用の椅子)を離れソファに移った。当然、その前にコーヒーメーカーから栄養の源であるコーヒーをカップに黒い液体を追加補給した。珍しく気を利かせる、彼女は自分で機嫌がいいことを悟った。

二回目公演終了後 ハイグレードエコノミーフロア 飛行機・機内・入れ替わり

「……もしも」田丸は言葉を体内で反芻、確かめて伝えた。「アイラさんのように私たち客室乗務員がお客様の顔、今日搭乗された方々の顔を覚えていたとしたら、その、入れ替わったお客様を見つけられかも」つまり、客席の乗客が殺され死体に姿を変えられた。代わりに別の人間が席に着くという言い分。
「客席は全席、搭乗者分の席が埋まる。入れ替わる分の席が現在、あなたの意見を補完するには、席がひとつ空いていなくてはならない。そのような席は存在しない」
「おかしなことを聞いてしまって、申し訳ありませんっ、あっと、お客様すいませーん。お待たせしました、どうぞ。あのお二方、お飲み物はいかがいたしますか?」
 コーヒーを頼んだ。受け取りまでに食事を片付けた。
 映像は不鮮明に現実を離れる、
 コーヒーが唯一いつもの異なる酸味とコクを教える。
 出入り可能な荷物棚。
 目撃される可能性を秘めたハイグレードエコノミーフロアへの侵入と退出。
 余分な搭乗客または死体。
 殺害の動機や殺害方法に死因。
 他殺、自殺。
 わざと機内を死体の発覚場所に選んだ、とは考えられないだろうか、アイラは下げてもらうトレーからコーヒーを残し考察を続けた。航空会社の職員たちの手の込んだお芝居、その線もかろうじてではあるが残されるし、アメリカ到着までは残り八から九時間を要する。それまでに壮大な嘘を打ち明ける機会をどこかで計っていたら、背筋が凍るな。死体のほうが人として、かつての人間としてであっても、私はそちら側の人間でありたい。 
 付き纏う「死」から一生逃れられない運命に私は生きるのかも。最近特に事件というこれまでは他人事の体験を何度も経験してしまう。歳が歳なら厄を払いに高額な料金を支払うのだろう。払って払うか。
 死。
 生物としては理想だろう。本望だ、そこへ向かって何もかもが時間を進める、平等だ、こんな世界でも。 
 仕事と称した暇つぶしは生きる枷・制約なしでは不成立なのだ。
 たとえば、このまま飛行機が墜落してしまう。
 乗客は無事目的地の土を踏む夢ばかり見てる。
 ここはどこなのか感覚さえ地上とほぼ同気圧に錯覚、いいやその事実だって思考を都合よくキャンセルしては安心・安全なこれまでの航行を鵜呑みに席に着き、食事を味わい、歌を聴き、談笑、映画鑑賞をこなし眠りにつく。
 私を含むこのフロアの住人たちにも言える。まるで死が訪れた場所という感覚が見ごろに欠落してるではないか、殺人鬼が潜伏する可能性が低いとはいえ、勤務中とはいえ、一仕事終えた後とはいえ、すっかり日常が流れる。真向かいの荷物棚で息を殺すのかも。到着までに惨殺を完遂、それが目的ならば、動き出すには早計だろうとまでは考えが及ばない、いいやそれどころか不可解な現象は誰かが解明し、明らか、事細かに事情を説明をしてくれるだろう、他人任せにこの瞬間はまず自身の体力回復を図るべく機内食に舌鼓を打つ。
 瞼が重い。人のことばかり言ってられない、上空と地上の感覚はずれているらしい。
 アイラにしては珍しく疲れを感じたのか、彼女は液体を飲み干すと、しっかり目を閉じた。
 殺人鬼が潜んでいる、襲われてしまう危険はむしろ彼女には望ましい。アイラは、差し出された毛布に包まる、暑さで目が覚めなければ、と寒さよりも寝苦しさの目覚めが過ぎった。
 一生閉じた瞼に生きるのも悪くはないな、アイラはもう一つの目覚めを前の二つを差し置いては両手を広げ出迎えた。

二回目公演終了後 ハイグレードエコノミーフロア 飛行機・機内・死亡

 演奏終了を聞きつけるコックピット離れた機長を交え、協議の場がもたれた。
 結論は「航行継続」に話がまとまった。アメリカに到着後、司法解剖と乗客の聴取は当局に一任する。一部、アメリカと日本の警察機構の違いついて不安の声があがった。とはいえ、日本に引き返すほどの明瞭な死因を、死体はアイラ・クズミたちにひた隠す。医学的知識に欠けた者たちの観察眼に、死因の特定は困難だったのだ。
 遺体の腐敗を避けるため一定温度に保たれる貨物室が適当な保管場所に指定された。入念に死体を映す写真データの確認を取って、折りたたむ毛布に遺体をもう一度、包みなおすと、配膳部分を取り外す台車を機体の後部まで運んだ。乗客には疑われなかった。キクラが脚立を回収する役目を負って、見事にお客は彼を質問攻めにした。その間、客室乗務員の田丸ゆかと卒倒した大谷奈緒は生きてはいない人間と触れ合う不快さと恐怖心を押し殺してそれでも果敢に業務を全うした。
 彼女たち客室乗務員が戻ると、忙しなくギャレーに下がった。
 機体中央のハイグレードエコノミーフロアでは機内食が振舞われる、ちなみにビジネスとエコノミーの乗客たちのは離陸直後に食事を済ませていた、アイラたちだけが遅れた現地時刻の夕方三時過ぎの遅い昼食を摂る。そう、食事は現地時間に合わせ、体内時計の働きを調節するのだそうだ。アイラは客室乗務員田丸ゆかの回答で疑問を解消した。
「アイラ様と知り合いだから言伝をしてくれないか、と頼まれまして、いかがいたしましょう」小柄な田丸ゆかが配膳トレーを運んで、アイラに指示を仰いだ。話しかけたのがこちらの落ち度。
「どのような方でしょうか?」
「男の方です、二十代か三十代くらいでした」
「プレゼントは受け取っていませんね?」アイラの前の席に移動したキクラが念を押した確認を取る。
「はい。何度かエコノミー担当乗務員はお願いをされたようですけど、すべてお断りしています」
「伝言の内容は?」早食い。アイラはもくもくと食事を摂る。食べるというよりも栄養補給に近い。激しくエネルギーが失われた直後である、とはいえ食べ過ぎは禁物、満腹の七割に食事量を抑える。彼女にとっては苦痛どころか、むしろうれしい制限だ。食べることが苦手、食べないでいられるなら、栄養補助食品のみでこの先の一生を暮らしてもいい。
「"私のことを知ってるか"」、田丸ゆかは声色を真似た。
「熱狂的なファンですよ」キクラが言う。彼はトレー右端のプリンに手をつける、通路に飛び出る彼の上半身が見えた。「他の歌手と違ってアイラさんのライブはお客との距離が近いんです。この前のツアーはライブハウスやコンサートホールといった音楽専用の会場と打って変わり、現在は未使用・廃業した工場跡や特別に使用を認められた文化財級の教会などで歌いました。勘違いを起こす人の気持ちも、まあわからなくはないのですよ」異空間と至近距離が錯綜を生むか、芸術作品のほとんどがそのような機能を備えている。「視認」が目的。個人の遊びならば、発表の場は「自室」の域を飛び出してはならない。しかも完成後には「破壊」をするべきだろう。ほかに見られてしまわれては「困る」のだから。
 キクラの言い分にどこか余裕を持った印象を覚えた。
 アイラは田丸ゆかにお客の座席位置をきいた。
「これまでライブに訪れた顔とは、不一致ですね」
「げっ?一人一人の顔を覚えてるんですかぁ?」若者特有のざっくばらんな口調が放たれた、幼少期に身につけた口調でなければ、後天的(実際に幼少期も後天的ではあるが)な矯正は気の緩みや感情の高まりによって簡単に箍が外れてしまう。所作振る舞いに気を使う人物、つまり幼少期に教育を受けた者はいくら感情的になろうとも低俗な言葉を選ばない、選ばせてくれないのだ。咄嗟に出てしまう言葉、それ自体が礼儀を見つけた人物たちにとって標準の、世間で評される「整った言語」なのだ。
「それ以上は訊かないでください」機敏なキクラが掘り下げてはくれるな、止めてと願い出る。「機嫌を損ねて口を利いてくれなくなります」
「聞こえてます」
「あれれーれー。これは五目御飯じゃないですかぁ、僕の大好物を知ってか知らずか、ふんふふん」
 キクラは尻尾を巻いて逃げた。懸命な判断、それに加えて田丸ゆかは、顔を覚える記憶のノウハウでも聞き出したいのか、その場に居座る。通路を挟んだ中央列の席ではスタイリストのアキが配膳を待つ、というのに。もう一人の客室乗務員大谷奈緒はギャレーに引き篭もったままらしい、気分が優れない、台車を押して戻ったとき彼女は田丸に断りを入れていた。

5 都内・レコーディングスタジオ ~小説は大人の読み物~

~小説は大人の読み物~f:id:container39:20170927075545j:plain


廊下、エレベーターとは逆側の突き当たり。この真下が入り口側。曇りガラスの窓の一枚隔てた向こうは、外の細い路地に面するのか、種田は喫煙室前に座った君村ありさと熊田の会話に耳を傾けた。椅子は二脚のみ、よって部下の二人は必然的に起立を余儀なくされた。相田は気を利かせたのか、見慣れない自販機にふらっと歩き出す。眠気覚ましのコーヒーが狙い目か。突き当たりの形状は鉤状に空間を占める、左手に取られた空間は自販機二台と喫煙室、それから二人が腰掛ける古びた背もたれのない椅子と観葉植物たちが壁に張り付くよう囲う。自浄作用に期待を込めたのであれば、はなはだ見当違いに思える。誰もが緑が欲しい、という思い込みに従ったのだろう。
「山本西條さんをご存知ですね」熊田は席に着くなり質問に取り掛かる。時間がないという制約を自ら課した、余計な段取りを省いたのである。「miyakoという歌手に喫煙現場を見つかってしまう、不思議な頼みごとをしていたようでうが、その点について聞かせください」
 君村は目を伏せたが、まつげを乗せた瞼は反射的な作業、閉じ切ると思い出したように開く、四回繰り返す。
「なにもかも調べられていたのですか。空港の警察の人からはうまく逃げられたって思っていましたのに。そうですよね」顕著な口調の変化だ。彼女は微笑、細かく頷く。「怪しさ満載ですからね、私の行動は。疑われもしますよ」
「行動に起こした理由は?」
「浅ましいでしょうから身構えててくださいね。私から言うのもなんですが、綺麗って言われて生きてきました。うらやむ人生だと思います。けれど、一方では顔に見合った行動が求められてしまう、ある種生きにくいのですよ。だから、自由な人に嫌がらせをした、理由にはなりませんか、なりませんよね、もっともでしょう。承知してます、起こしてしまって後悔ばっかり。なにをしてんでしょうね」彼女は鼻を啜り、涙ぐむ。「再スタートを切ったって言うのに」
「miyakoさんがツアーが開かれる機体に搭乗することは、いつ知りましたか?」容赦のない熊田の質問が飛ぶ。気を利かせた配慮か、お茶が君村に振舞われた。相田は種田たちにはコーヒーを手渡した。
「……所属事務所が同じ、担当マネージャーが一緒。こっそりスケジュールを盗み見てしまった、魔が差した!……のです」大きく膨らんでしぼむ。わかってもらいたい要望が他者の利益だったことは少ない。
 熊田が念を押す。「搭乗前に知っていた、ということですね?」
 彼女は力なく顎を引く。軽く差し出された缶をつかむが、握力を弱めた手が下支え、重力に任せ手のひらが支える。
 熊田は続けた。「山本西條さんもでしょうか?」
「あの人は空港です。ベンチに座ってる姿を見かけた。そのときです、閃いたのは」
「なぜ死体があることを知っていたのか、答えてください」
「信じてもらえないですよ。だって私の行動は説明向きの行動と、言えます?聞いてましたよね、ねちっこい私の性格。報道に書きたてれられる、また落ちぶれるって、どうしよう、どうしてくれんですか、あなたたちさえ来なかったら、黙って終われたんだ!」
 まともな会話は難しかった、聴取は日を改めて行う。
 種田たちはスタジオ内の仕事仲間を呼んでレコーディングスタジオをあとにした。マネジャーには事実を伝える、報道機関に対しては極力情報の公開を避けるよう取り計らう約束を彼女と交わした。君村の取り乱した心情に配慮したのである。まだ死体の謎は残される、取り掛かったばかりの捜査状況をマスコミへは流れなければ、と願う。とはいえ、得てしてこうした内部事情はこっそりひっそり人づてに、表に出なくとも確実に広まってしまう性質を有する。
 スタジオビルを出ると鈴木が戻ってきた、駐車場はかなり離れた位置が読み取れる。近くには存在しても満車、という場合も考えられるか。
 種田たちを視界に捉えた鈴木は、踵を返した。それを熊田が止める。
 通りの向かいの年代物の建物で昼食の提案を言い渡した。
 うなぎを食べた。
 初めて食べた。
 だが、種田は発表を控えた。驚きを強要したとは思われたくはなかった。食事に無頓着であるが、これはおいしいと感じた。昔から食べていたから、という遺伝子がおいしさを感じ取った、とは実に不正確な意見に思う。焼いた身に染みるたれに、食をそそる味のバランスが潜むのだろう。
 手入れを控えた庭がとても庭らしかった。切り取られた四角い中庭は飛んで舞い降りた草花がそろそろとひそかに勢いと香りを強めていた。