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追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上 6

考察にあてがう豊富な時を与える。
 喫煙所で独り彼女は分泌物、消化液、水分と多用な名称を持つタバコにやっと火をつけた。上着を脱いだ社員と空間を共有した、「単独」という意味の独りである。
 喉が渇いた。慣れないことは体が反復を許すまで異常なのかも、歌ならいつまでも歌える。
 恐ろしいほどの眼下、横長の長方形は想像力の欠如が生存を許す、宇宙空間との常態化を試しているのかも。空では落下については考えもしなかった。地上と繋がっている建物内、がその理由だろうか、どちらも突き落とされては死んでしまうことに変わりないはずだった。私の思い過ごしは無理から決め付けた。際限のない考えは危険だ、休息にそして細胞の死滅に手を貸している最中なんだから、このときばかりは遠目から私を眺めて。
 煙は一向に立ち上らなかった。役立たずの一本は乾燥を願って別の一本に唇との接触を取替えっこ。
 人が見ていた。
 誰?顔が目が手が足が耳がネクタイのどれもが口よりも達者、言葉を覚えたての幼児の、それも少女のようにあれこれと思いついた言い分をこちらにぶつけてくる。すべてに口がつき、口が取り付く顎の上と鼻の下の二枚の、それと空洞のピンクの板がぴしゃりと立ち入り禁止の札はマスクによるせき止めを食らう。
 雲には近づけたけれど、気がかりの地上がこまごまとした粒で手を振る。
 火をつけた。死を願った。そうすれば底へ行ける気がした。

追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上 6

「不可変な資本はなるべく少量に収め投入をしたい、利潤率の高まりを期待できるから。まっとうな理由です。生産費用に対する利潤の割合は可変的な資本が一定であると見なした場合、利益の値を低めるのは不可変な資本の量。キクラさんが主張をする工場での生産品はまさにその最たる例、大規模な機械設備の減価償却及び維持費は膨大で甚大な資本の継続稼動に必須です、私たちの生産品のいついかなる時期にも応じられるべく、それは常に価格に付与されてしまいます。そうであると薬師丸さんが言われるデータ音源が取るべき私たちの選択のように思われますが、一筋縄ではいかない、問屋が卸さない、世界は複雑怪奇で不確かな関わりをこちらの意思を問わずして干渉に及びます。つまり、あなたの変更には不備が生じているのです。価格とは観測された周期を目安に市場内を行きつ戻りつ、流動的に姿を変える。あちらを立てると、こちらが立たず。重複になってしまいますが、背に腹は変えられない、理解に近づけることが肝要だ、と判断をした、大目に見てください。続けます。市場の価格を持つ同属商品との兼ね合いによって、私の作り出す曲の価格が決まる。この世の中で貨幣の使用に応じた製品がたった一つである時、その価格は自由に生産者、私の独断が適用され、決まる。ところが、現実は不要な商品がひしめく、まさに群雄割拠。押し合い、へし合い、価格競争の疲弊による消滅、生き残りと転換期に向えた価値の増加を体験しつつ価格低下の未来に恐れおののく。相互関係は切っても切れない世界なのだ、とまざまざ見せ付けます。そう、商品を市場へ投入したら過干渉を受けてしまう、私の曲は当然波に飲まれる。しかしです、データ音源の価格については非常に似通った表情を見せ付けることに誰も口しませんが、消費者の意見をを代弁すると、固定的な価格にとどまってやしなか。切のよい数字、市場では稀ですね、一円、表に出ない銭の値で低価格路線を歩む商品はしのぎを削る。なぜ、このような事態が引き起こるのか、ええ、ふれあいが少ないのです。相互依存、接触回数の頻度が極端にその他の商品とは比べようもなく低い。ゆえに、価格の増減に関しては流動的な立場に身をおく身分ながら、気配を殺して姿をくらますのです。そうです、おっしゃるように、私の意見が正しい、と判断をされたなら、薬師丸さんの側にこの争点の着地を見てよいでしょう。……だが、生産品と形のないデータとでは所有価値に大きな開きが現在でも存在するのあなた方の自室を見渡し思い出せばおのずと回答は得られる。コレクションとしての楽しみや過飾、という購買意欲を駆り立てる追加の購入、これらが最大の恩恵、次回作を待ち望むその期待を各自の身近な生活居住空間で膨らませてくれる。いわば、広告です。あなた方が躍起になり取り組む不特定多数へ向けたあいまいな費用対効果の計算式を妄信してやまない誤りに頼らない方法論、これがかさばり部屋を占領するCDという生産品の価値です」

追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上 6

高層ビルの入り口前に備え付けるであろう頑丈に地面とボルトで繋がるベンチを落ち合う場所に指定した。アイラ・クズミは一人公共交通機関を乗り継いだいつもの移動手段でもってタクシー移動のカワニと合流する、彼は三分ほど彼女が腰を据えて片手を振って息を切らせた。
 クライアントの呼び出しに応じてカワニとほぼ相手の自社ビルと言える階数・フロア数の所有、昨年完成した四十数階の建物のどこかの一室に座るや否や、耳を疑う要求を突きつけられた。これはにカワニの意見がもっともだ。変更の申し出期間はとっくに過ぎている。締め切りが二週間後とはいえ、最終打ち合わせの場は方針のフレキシブルな変更を許す、という意義と解釈ではまったくない、度を越えた言いがかりである。それならば初顔合わせの大まかな段取りの段階で今回の変更プランは用意されるべきである。内容を具体的にいうと、新曲の発表媒体はCDを止め、データ配信のみに切り替える。無謀な、まさにこちらが泡を食った気分を、アイラたちは数分前に味わっていた。
 室内は禁煙。多大な損害を被りかねない口約束の変更をやってのけるクライアント側。しかし、だからといって喫煙が許されるわけではない。そこはアイラだ、この場を離れる権利をこちらは獲得した、そちらの変更によって、という意思表示を態度に染み込ませた。タバコは口にくわえる、灰皿は持参の携帯灰皿、平たい円盤型をテーブルに取り出して、すぐにしまう。ライターもしまう。タバコにだけ手渡された書類の横に居場所を与えた。
 出荷準備に製造工場へ予定枚数やら出荷の日程等の詰めの段階にカワニは入っている、と語気を強めて食って掛かる。比較的温厚な彼にしては稀に見る怒声だ、一般的な怒りの頂点の半分以下ではある、声が高いのだ、真剣さが凪いでしまう。
 薬師丸、クライアント側の主張は控えめながら強気に権利を突き通す、大企業、そのあたりのやり口は多少なりとも強かさ、といえる範囲だ、と彼ら自身は常識に捉えるのだろう。
 薬師丸の説明にカワニが反論しつつ、一通りの主張を聞き終えた。
 ここで攻守が交代。
 カワニが受け入れがたい変更点の再度の反対を言い尽す、多少の妥協点を提示した。
 虎穴に入った薬師丸はどうにか虎子である私を振り向かせ、詰まった虎のカワニから後ずさり、出入り口に引き返す。
 一触即発は、気配の探りあいに、一時停止と錯覚しかねない贅沢な時間が過ぎ、湿ったフィルターは与えられた仕事を二の次に、力なくその役割を弱弱しく生涯を全うした。
 沈黙を破ったのはアイラであった。

追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上 5

「十秒前でーす」放送がはじまる。
「手首の痛み止めに頭痛薬を服用した、違いますか?」熊田は山本西條に尋ねた。
 目線が種田たちへ送られた。瞳に熱がこもる、赤。オレンジに傾く、朱色だ。笑っているようで泣いている、単純に置き換えられた喜怒哀楽の代表的な感情の隙間に居たはずの、名前を失った感情が、浮かぶ
 ♪~
「……さあ、始まりました。今日はゲストが特別な人、匿名希望で、なんとぼくも乗ってたあの飛行機の同乗者の方にお越しいただきました。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「鈴木さん、でよろしいですね?」
「はい。藤原でも斉藤でもかまいません」
「面白い人だぁ、鈴木さん、来週も来れます?」
「話す理由があるのなら、足を運びます」
「それって、ぼくがですよ、きみが聞きたがってる例の質問にぼくが答えなかったらってことですか?」
「生放送で答えて欲しいとは一言も。できれば、二人だけの場所でお聞きしたい」
「いやだあ。鈴木さん、それってデートの誘いに取られますよ。ぼくは独身なので、いいですけれど、結婚されてどのくらいですか?」
「私は独身です」
「いやあだぁ」
「ええ、嫌ですよ。答える義務はないように思いますから」
「シャイなんですよね、鈴木さんは」
「いいえ。個人情報は特定される、これを前提とした行動を近頃では軽く扱う傾向が見られる。どこで何をした、過去のどの時間に、誰と何をどういった環境で。画像やその人物が公に顔をさらす、あなたのような職業であると、特定の時間にはこの放送局で仕事をこなす、その後自宅に帰り今日を報告をしようものなら、自宅までのおおよその距離が知れる。車か電車か自転車か徒歩か。私が匿名を希望したのはそういった理由に基づきます」
「けっ……、鈴木さんってかなりおしゃべりなんですね、ははは、ちょっとびっくり。もう、ずるいじゃありませんか、ぼくに隠してたんですね、しゃべれるのに」
 ブースの外が騒がしい、言い争う声がかすかに聞こえる。種田は音を立てずに椅子を回転させる。
「あらあ、今度は黙っちゃいました。おっと、そうですねここでリクエストにでもお答えしましょうか、今日は変則的に進みます。東京都にお住まいの、こ、れ、は、ペンネーム山本山さんからのリクエストで、最近の子は知ってんのかな、まあいいや、アイラ・クズミ"wとg"」