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店長はアイス  過剰反応3-5

「わかった」ここでは明らかな溜息を熊田はつく。「相田には他殺の線、とりわけ股代修斗の犯行を最有力候補として調べてもらう。あと、鈴木と常に行動を共にすること。単独の捜査は認めない」

 凝り固まる表情筋の一部、頬が軽く痙攣を起こして、相田はかろうじて安堵を浮かべる。それでもまだ安心にすべてを投げ出すことを拒むように引き続き厳しさが顔を支配した。「ありがとうございます。早速、捜査に出ます」

 相田の行動を止める。「明日からでいい。今日はもう遅い。帰れ」

「しかし、まだ、六時にもなっていません」

「うちの稼動人員は四人だ。いつもいない部長を入れると五人だが、あの人は見込めない。少数でなおかつ長期間も視野に入れた捜査には休息が必要であると、教えてきたはずだ」

「はい。ですが、やはり……」

「殺人の予告状は届いていない。自殺かもしれない。急ぐのは、慌てるのはいつでも状況がそうさせる。今は、鑑識の結果を待ち、備えるのが鉄則で鉄板で、これは私の嫌いな命令だ。お前の要求を呑んだんだ、こちらの言い分も聞くべきじゃぁないのか?」上目遣いで熊田は理解を促した。

「……そうですね、はい」葛藤の末、相田は感情を押し込める。

 片目をつぶった熊田が言う。「種田に厭味を言われる……。おまえ、なんとかしてくれよ」

「私がですか?」相田は太い人差し指の先を自分に指す。「……あいつにコーヒーをおごります」

「あざとい」

「鈴木みたいに当たったと言いますから」

店長はアイス  過剰反応3-4

「股代です!」
「思い込みが多分に含んだ結論には許可を出せない。私を説得するなら、彼女、紀藤香澄がなぜ自殺ではなく他殺なのか、それと彼女を股代修斗が殺害したという明確な解説をここで今私に施してくれ」
「鈴木がいます」
「こいつが、いると言えないのか?」きょとんと目を丸くした鈴木へ熊田の煙草の赤い先が向く。
「……いえなくはありませんが、できれば、熊田さんと二人で」
「そこにどうやら理由がありそうだな。場所を移そう。鈴木は吸っていていい」
「僕は、のけ者ですか?」
「すまん、鈴木」相田がめずらしく謝る。いつも鈴木には強気で弱みを見せない彼の発言と表情は丸々とした顔がかすかに生気が失せたようにみえた。
 熊田と相田は無機質な天井にむき出しの配管が覗く会議室に場所を移した。最後列の窓側に熊田は腰を下ろす。相田は腰に当てた手が言い負かされまいとする意気込みをあらわしていた。左肘を長机に付いた熊田がきいた。
「殴り合いの喧嘩を始めるつもりはないと先に言っておこうか」
「そんなつもりは初めからありませんよ」
「では、かたくなに紀藤香澄を擁護する意見に至った読み筋を聞かせてもらおうか」
「簡単ですよ。私の姉が結婚式を挙げる前に相手に逃げられたのです。十歳、離れた姉で、行われる予定だった式は十年前のことですよ。今では普通に暮らしていますけど、実家の姉の部屋にはまだ紀藤香澄の部屋にクローゼットの中身と同じものが仕舞ってあります。誰も触れません、姉には新しい相手を探せとは誰もいえません。たとえ、それが幸せだと知っていても一度作られた壁は容易くは壊れてくれない。壊そうとも本人は思ってはいないようですがね。だから、つまり、結婚を餌に関係を築く奴を私は許すわけには絶対にいかないのですよ。熊田さんには判っていただきたい。彼が、股代が紀藤香澄に精神不安定を抱かせたことは確実です。ですから、股代を調べさせて下さい!」縦にも横にも大きい体が器用に折りたたまれる。熊田は鼻から息を吐いた。ため息や感情を表す息の使い方とは別の呼吸法のような、精神の安定を求めた息遣いであった。
「一方的な見方を信じられるか?何があっても、お前の予測が覆されたとしても、疑いを見出して信念を貫けるか?」
「誓います。私のためではないのです、妥協や諦めは通用しません」

店長はアイス  過剰反応3-3

「熊田さんはいつも思いつきで動かれているように私からは見えます。理路整然と説明がされないままで、捜査に出る事だってあったはずです。いいえ、あなたは多くを語らない。内にしまう推論に私が行き着いた考えも示されている」
「ああ。けれど、誰にも私は言わない。わからないとか、知らない、唸るだけでごまかす。お前ははっきりとその事実、示され、導いた論理の確証なしに、さも正解であるかのように振る舞い、押し付けて捜査をかき乱しかねない。今はまだ世間話の範囲内でも、これ以上の主張、要求は上司としての権限を行使する」喫煙スペース中央に陣取る灰と吸殻、煙を処理する機械が唸り声を上げる。二人の時が見つめあう視線によって動きを止めてしまう。熊田の煙草が指先で灰になりかけていた。
「もしよかった、一本あたりが出たのでぇ、二人でじゃんけんをして……、もらって、……僕が今年初の当たりの幸運を……分けましょう、って雰囲気ではないですね。失礼しました。また後ほど、ええ煙草ぐらいは我慢できますで」ドアを恭しく閉める鈴木に、熊田と見合った相田が言う。
「入れよ、煙草はここでしか吸えない。わざわざ外まで行ったら種田に厭味を言われる」
「いやあ、良く考えると僕、そんなに吸いたくなかったかもと思い始めて……」相田は見せた事のないくらい顔を鈴木を差し向ける。「はい、入ります。吸います。どちらか、よかったら、その、ね、糖分を吸収して、気分を落ち付かせるって言うものありかなぁ、ははははっ、なあんて思ったりして。はい、黙ります」いたたまれない空間は人が動物であると判らせてくれる。言葉がなくて、互いの距離が一定を保ち、にらみ合う姿は命をかけた生存競争そのものである。鈴木は背中に冷たい汗を掻いた。つっーと、一筋が背中をつたっていく。
「紀藤香澄の身辺から必ず彼女が殺された事実が発見される。私は確信をもってそう断言できます」
「誰も、きいていない。なんどもいわせるな」熊田は指先に残ったフィルターを、ステンレスの隙間に投函すると、もう一本に火をつけた。「鈴木は吸わないのか?」
「あっ、はい。吸います」当たりのコーヒーを置く場所を熊田の前かそれとも相田の方かと戸惑う鈴木は、迷った挙句、スーツのポケットに入れて煙草を吸った。

店長はアイス  過剰反応3-2

「ハァ、なかなかどうしてこればっかりは」相田は膨らんだ腹部をさする。
「体重を減らせばおのずと表面積も減る、汗の量も減少する」
「今日は厳しいですね」
「そうか?事件だから気を引き締めているのかもな」
「被害者の自宅の様子を聞きましたけど、なんだか虚しいですね。勝手な感想ですが」
「めずらしく神妙だな」
「ドレスはかなりハードですよ。未使用なら式で着るつもりで購入したのでしょう、しかし、披露する機会には恵まれずにしまわれていた。勤め先の店長と過去に付き合いがあったようです。店長の口から聞きました」
「うん」
 相田は頭を無造作に掻く。「自殺の可能性が高い、私はそう思います」相田の足が一歩力強く前に踏み出る。
「思い込みの意見は取り上げない」彼は入れ込んでいる。これほど、正義感に満ちた性格、思想、人格の持ち主であっただろうか。相田の心理の揺れ動きは捜査を迅速かつ取りこぼしなく解決へ導くには大きなウエイトを占める。私を含めて捜査員は四人、一人の離脱が大幅なほか三人への余分な負担に強いることになる。クールな振る舞いはデフォルトではなかったのか。
「状況がすべてを語ってくれます」熊田に紀藤香澄は他殺であり、動機が十分な勤務先の店長股代修斗を殺害の犯人であると彼は決め付けている。
「その店長も捜査対象の一人という位置づけだ」
「店長ですよ、絶対。彼は既婚者です。被害者に結婚をほのめかしておいて、決断を迫られると踏ん切りがつかなくなった。それでやむなく手をかけた。自殺に見せかけて」
「自殺とは言い難いよ、現場の様子をお前も聞いただろう」熊田は眉を器用に両目から額に近づける。
「ええ」
「だったら、その判断はまだ口するべきではない」
「ですが……」
「女性に深く加担、同情を見出す捜査を正等だとはいえない。あくまでも事実に基く考察によってのみ行動が決定される」