コンテナガレージ

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店長はアイス 幸福の克服3-1

 林道、股代修斗の取り調べは上層部の手に渡り、手柄もそのまま熊田たちの手を離れた数週間後の昼下がり。熊田たちは通常の業務、つまりとてつもなく暇な状態に戻り、押し付けの仕事を待つ日々を淡々とこなした。部長の空席は、継続中。襲撃の一件からぱったり音沙汰がない、中心部での大立ち回りも報道は単独車両の事故としてしか取り上げていない。かすかに、ネットでは事件直後の動画や写真が投稿されたが、即日、襲撃の翌日には綺麗さっぱり記録は抹消される始末。次第に、世間も取り上げない後発の情報がもたらされなくなると興味を失った。曇り空を眺めて鈴木が喫煙から戻ってくる。四本の缶コーヒーを持って、先輩たちに媚を売る。日ごろの感謝らしい、あまり好意的な笑顔と思えない熊田である。

「ちょっと、でてくる」熊田はトイレにでも行くように言う。

「どちらへ?」隣の種田は熱さを感じないのか、クールな横顔でこちらを見ずにきいた。

「喫茶店

「日井田さんとこだったら僕も行きます」左手を突き刺すように伸ばした鈴木はやけに元気。

「お前は留守番だろうが、俺が行きます」週刊誌をたたんだ相田が同行を申し出た。

「ずるいですよ、先輩とか関係ないですからね」

「二十分もサボっておいて、よくそんなことが言えたな、この口が」

「痛い、うう、裂けるうう」鈴木は口の両端を相田につままれ左右に引っ張れた。

「事件は解決したと思いますけど、まだ何か疑問が?」種田が今度は顔を向けてきいた。

「いいや、推測は間違ってはいない。犯行は林道だ。ただ、ひっかかる」

「なにがです?」

「うん?うんん、まあ、なんでもないさ。気にするな」

「だったら教えてください」

「口調が強い」相田が種田を嗜める。「今度、またっていうのは、種田、社交辞令だよ」

「鈴木、悪いが留守番を頼んだ」

「ええっー、どうしていつも僕なんですかあ。相田さんだって、昨日寝坊してきたのに」

「じゃあな、しっかり仕事しろよ」

店長はアイス 幸福の克服2-12

「えっ?」

「彼女は大嶋氏に声をかけた。以前から彼はこちらの店に通っていた、そして彼女は大嶋氏の想いに気が付いていた。ここでなぜ、紀藤香澄氏が邪魔になったのか。彼女はたんに股代氏と付き合いがあるだけ、既婚者の男性との。殺すまでの動機には発展しないのでは、そう疑問に思いました。大嶋氏が紀藤香澄氏の存在を消し去り、なおかつ股代に大嶋氏を殺害する自分の姿を見せることで、秘密の共有を図りました。殺人の共犯ではないけれど、事実の公表は股代自身のプライベートの公開も伴う。股代氏にとっても、紀藤香澄氏の存在は過去の女性で職場では気を使う、勝手な意見ですが、邪魔な存在です。居ない方が仕事ははかどる。それに自分は黙ってるだけ、直接手は下していないのですから、彼にもメリットは十分です。要するに、二人の利害が、時間差で林道さんの計画に巻き込まれた節はありますが、一致したために事件が二件で終わり、犯人が浮上せず、凶器も見つからなかった。紀藤香澄氏殺害の動機は明らかではありませんが、秘密の共有により壊れた関係の修復を願ったのではないでしょうか、あくまでも憶測ですが」

「……やっぱり物事は上手く運ばない、これはいつも昔からずっとつきまとうのね」林道は一歩前に出る、口を開く。「別に私は頼んでも、約束もその人とは交わしてないわ。殺しの現場を見られたのは誤算だったけど、黙っているのは、私との関係を公に知られたくなかったのよね、特に表で働く新しい彼女には」熊田はレジの女性を思い浮かべた、林道は目元に涙を浮かべる、表情は崩れても嗚咽、声は漏れない。泣かないことが唯一の抵抗のように。

 熊田は煙草に火をつけた。クーラーが空間を切り裂くように無邪気に走り回る子供みたいに稼動した。

「店長、もうそろそろ出ないと間に合いませんよ」からっと晴れた透き通ったレジの女性店員が呼んだ。店長以上の関係性を含んだ音をその場に居合わせた全員が聞いた。とぼける斜めに傾いた女性の顔が言葉が通じない動物の反応にみえた。

店長はアイス 幸福の克服2-11

「事実?」鈴木がまた声を出す。

「まだ、私が話しますか。それとも股代さん、あなたがご自身でお話しになりますか?」

「既婚者ってモテるんですよ」股代が真っ黒な声、高めの音圧を倉庫中に響かせる。「刑事さんはひとつ間違っていましたよ。私は結婚をしている、だけど付き合う相手には別居中だって話していました。鬼の居ぬまにを装ったのですうよ、妻がいないと思い込んだ間に家に連れ込み、事を起すと、それはもう盛り上がりますよ。一度体験したやめられなくってね。これがまた高まって、病み付きですよ。知ってます、そこの人だって、もうベッドの上じゃあ」

「やめてください!」林道が股代の発言を遮る。悲壮感と裏切りに落とされた表情。出口がないことは最初からわかっていたのに、でも甘いから危険だからおいしそうに見えて快楽に溺れた。その挙句が、人前で醜態をさらす。誰しもが持つその裏側は、見せないから裏側であって見せてもいい人を選ぶのが異性選択に含まれるのに彼女はそれすらを棚に上げて目先の情動に目がくらんだ。非難ではない。それなりのリスクを伴うのが現実、何事も一長一短。バレないのは、うまく隠しているか、たんに運がいいだけのこと。見ている人は見ているし、覚えてもいる。周りも許されているから自分も、などという考えはいつか必ず、破綻をきたす。男が女を好きなように女も男を好きだ、とどこかで聞いた熊田である。

「正直な発言はスムーズな進行に好影響で、大変ありがたい。いずれにせよ、あなたはそのような隠し事のために黙っていた、奥さんには知られたくはなかったのでしょう。これで事件が複雑になりました。そして、股代さんは紀藤香澄氏を殺してはいないとも行き着く」

 鈴木が質問。「じゃあ、誰が犯人だって言うんです?紀藤さんは大島さんが、大嶋さんは誰が?」

「林道さんだろうな」

店長はアイス 幸福の克服2-10

「あのう、店長、リペア対象の商品を回収に行くかなくても良いですか?お客様とのピックアップの約束に間に合いませんよ」

「林道さんもこちらにどうぞ」

「店長?」

「……」

「さあ、役者は揃いましたね。どこまで話しましたか?」

 鈴木が手を挙げて言う。「本を忘れたのはわざとって言うところです」

「そう、わざと見せ付けるために忘れた。本を印象づけるための方法。ずっと前からの計画でした、この事件は。紀藤氏のベンチに落ちた本の所在を知りえた時点でその人物は自動的に関係者よりの容疑者にならずにはいられなかった。だって、考えてもみてください。伏せていた本の所在を知ってるのはやはりおかしい、彼女もその現場にいたとしか思えない。もしもその場所でたまたま、偶然ばったり会ったとしても事情聴取の発言とは矛盾します。嘘を付いて現場を訪れていてしかも殺人に関与はしていない、していないのならはっきりと証言すべきです」

「疑われるかもしれない、と思ったのだって正当な主張」股代の覇気が収束に向かってる。隣室との境目の分厚い壁に佇む林道は状況の把握に努めている。警察の立ち回りに気後れしたのかもしれない。

「ええ、それもひとつの可能性です。現場を目撃、または犯行後の現場を目の当たりにした。怖くなって逃げたしたのでしょう。ただ、ではなぜそこで疑われるとの判断を下したのかは、腑に落ちません。咄嗟に働いた計算によって自分への疑いが頭をよぎったのでしょうか。しかし、でもそれが倫理的な一線を越えていたとしても、殺人のように罪になるようなことには繋がりません。そう、発見者は疑いを持たれること自体を恐れていたのです。身辺調査で明るみに出る隠してきたほかの事実をね」