林道、股代修斗の取り調べは上層部の手に渡り、手柄もそのまま熊田たちの手を離れた数週間後の昼下がり。熊田たちは通常の業務、つまりとてつもなく暇な状態に戻り、押し付けの仕事を待つ日々を淡々とこなした。部長の空席は、継続中。襲撃の一件からぱったり音沙汰がない、中心部での大立ち回りも報道は単独車両の事故としてしか取り上げていない。かすかに、ネットでは事件直後の動画や写真が投稿されたが、即日、襲撃の翌日には綺麗さっぱり記録は抹消される始末。次第に、世間も取り上げない後発の情報がもたらされなくなると興味を失った。曇り空を眺めて鈴木が喫煙から戻ってくる。四本の缶コーヒーを持って、先輩たちに媚を売る。日ごろの感謝らしい、あまり好意的な笑顔と思えない熊田である。
「ちょっと、でてくる」熊田はトイレにでも行くように言う。
「どちらへ?」隣の種田は熱さを感じないのか、クールな横顔でこちらを見ずにきいた。
「喫茶店」
「日井田さんとこだったら僕も行きます」左手を突き刺すように伸ばした鈴木はやけに元気。
「お前は留守番だろうが、俺が行きます」週刊誌をたたんだ相田が同行を申し出た。
「ずるいですよ、先輩とか関係ないですからね」
「二十分もサボっておいて、よくそんなことが言えたな、この口が」
「痛い、うう、裂けるうう」鈴木は口の両端を相田につままれ左右に引っ張れた。
「事件は解決したと思いますけど、まだ何か疑問が?」種田が今度は顔を向けてきいた。
「いいや、推測は間違ってはいない。犯行は林道だ。ただ、ひっかかる」
「なにがです?」
「うん?うんん、まあ、なんでもないさ。気にするな」
「だったら教えてください」
「口調が強い」相田が種田を嗜める。「今度、またっていうのは、種田、社交辞令だよ」
「鈴木、悪いが留守番を頼んだ」
「ええっー、どうしていつも僕なんですかあ。相田さんだって、昨日寝坊してきたのに」
「じゃあな、しっかり仕事しろよ」