コンテナガレージ

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がちがち、バラバラ 6-8

「具体的に店を離れた時間はどの程度です?」熊田が煙を吐いてきいた。
「時間にするとそうですね、順番が回るまで待っていたので五分、いや十分ぐらいだとは思います。防犯カメラになら映っているでしょうね、ATMの」
「地下ですか?」
「いいえ、店内です」熊田のうなずき、種田がすくっと立ち上がる。
「私はこれで」種田は弾かれてカフェを去っていく。やっと私のイメージする刑事像が見れた気がした。仕儀は湯気が落ち着いたコーヒーを飲む。そのついでに、ちょうど正面、壁掛け時計で時間を把握する。予約客の担当は私であるし、子供のことをみんなにも説明する時間も必要だ。
 仕儀は質疑の想定を思い浮かべて、熊田の次の質問を待った。しかし、熊田は難しい表情で黙りこくる。身なりもきちんと整い、多少髭が伸びていたが捜査で家に帰っていないためだろうし、スーツもこぎれいだ、シャツの皺もない。独身ということはないだろう、寡黙な男を好む女性なら引く手あまた。
 それから熊田の質問が二、三とりとめのない平日の通りの様子と人の流れを私に尋ね、一緒に店を出た。会計はそれぞれが分けて支払った。おごられたくはない、借りを作るみたいで嫌いなのだ。友達はその警戒心が男を寄せ付けない、と言っていた。わかっているが、しかしやはり私はどう見ても自分の分を平気で人に払わせる神経に納得できない。だから、あまり関わりを持たなく、持てなくなったのかも、仕儀は店の前で刑事と別れ、帰路でぼんやりとこびりついた友人の言葉を噛み砕いた。

がちがち、バラバラ 6-7

「……場所を変えましょうか。ちょっと出てくる、十一時にはもどるわ」見習いの男に告げて、仕儀は刑事二人とたまに利用するカフェへ移動した。お客は一人、小気味いいタッチでキーボードを打っている。その隣に私たちは座る。窓際の席。
「先ほどは失礼しました」種田が丁重に謝る。仕儀が頭を上げてください、と言うまで彼女はメラミン樹脂でコーティングされたテーブルを見つめたままであった。
「事実ですし、まあ、店では隠していたので、ちょっと驚きはしました。昔のことです」そう、昔だ。今日の地下鉄で少女に見惚れたのも無意識に私の子供を思い出したのだろう、仕儀は行動に理由付けを行う。
「あなたは目撃した人物を娘さんに重ね合わせたのではと私は考えました」種田が話す。「少女ではなくて少年という可能性はやはり否定されますか?」
「改めて言われると、いいきれない部分も出てきますね。少年に化粧を施せばもしかすると見間違えるかもしれません。けれど、……少女に見せて何の意味があるのです?私に思い出させようとしたからですか?」
「失礼ですが、お子さんの父親は?」
「警察ならば調べられると思いますけど」多少つっけんどんに言ってしまった。しかし、これぐらいのあたりは大目に見て欲しい。「五年前まで籍は入れずに暮らしてました。娘は認知してもらったので、相手方のご両親に引き取ってもらいました。母親の愛情よりも取り巻く環境を選んだのです。子供は勝手に育ちます。私がいてもいなくても。おかしいと思われるでしょうけど、でも別に愛していないわけではありませんよ。好きですし、今からでも一緒に暮らしてみたいとは思います。……私には選択権はない。彼女が持っている。そうは言っても顔はもう、何年も見ていませんね。こんな話と事件が関係あるとは思えませんが」
 仕儀が会話をやめると見計らったようにコーヒーが運ばれた。三人はそれぞれの一口を飲む。
「事件当日、店を数十分離れたそうですね?」熊田がタバコを取り出して話を再開した。仕儀は、素直に天井に手のひらを向けて喫煙許可に合図を送る。隣の種田はどうやら煙に嫌悪を抱いているらしい、するどい横目で熊田を睨みつけた。タバコに火が灯ると仕儀は応える。
「ああ、それは支払いですね。変更した引き落としの口座から家賃が引き落とされていなくて、振込みにH銀行へ行きました」刑事たちが疑いの目で見つめる。無理もないか。

がちがち、バラバラ 6-6

「水鉄砲が見当たらない、それはつまり少女が持っていなかったのではありませんか。私は見たものは水鉄砲のではなかった」
「液体を貯めておける形状の所持品は発見されてないのです」残念そうに力なく熊田は応える。
「警察は少女がもともと持っていなかったとはお考えにならなかったのでしょうか。水掛け論になりますけど、証拠品の採取だって店の窓はまだ調べていないのでは?私の証言に食い違いが見られる、その一点を突いた捜査は腑に落ちません。防犯カメラは信用して、落としきれない窓の液体を調べない、これはどうご説明なさるんでしょうか?」仕儀は語気を強める口調で刑事たち、捜査の不振な箇所を指摘した。
「液体がいつかけられたのかを示す要因を現在の技術では解明できません。目撃者に協力してもらうと、窓の汚れは少女がかけたことになりうるのです。通行人もひっきりなしに道を歩いてはいない、数秒この店を見ていない場面が生まれる。その一瞬に取り出した液体をあなたなり、店の従業員なりがかけてしまえれば、もう、そこには汚れ。少女は現れたのかもしれない、しかし、あなたがおっしゃるように液体を少女がかける行動をとったかどうかは、不確定」種田は遠慮なく、仕儀に偽証の可能性を示唆する。
「わからないのなら、あえてまた私に聞くことが無意味のように思えます。顔色で真偽をはかろうとしているのでしたら、多分私は嘘をついていてもわからないでしょう。そういう本心を表に出さない商売です。絶対に私は嘘はついていませんけどね」
「そうですか」熊田はわざとらしく納得したように腿を叩き、言う。「もうひとつ、少女の服装についてですが、緑のコートを着ていたとおっしゃいましたけど、見間違いではありませんか?」
「緑です。コートを脱いだのかもしれない」
「ですが、まだコートを着るような気温ではありません」
「そうですね。ただ、私は見たままをお話しているので……」仕儀は腕時計を見て時間を確かめる、はずしてポケットに入れた。一旦細かい髪の毛が時計に張り付くどうにも掃除が面倒なので、仕事前に必ず時計をはずしているのだ。
「お子さんはお元気ですか?」
「……」種田の問いに頭が真っ白にかわる。「私は独身です」かろうじて返答、声はかすれていた。
「独身でも子供は産めます」

がちがち、バラバラ 6-5

「あっ、来ましたよ」見習いが言ったそばからドアが無造作に開かれた。二人の刑事がまた登場した。慌しい朝である。
「おはようごさいます」男の刑事、熊田が率先して言う。「お時間をいただきたい」
「唐突ですね」仕儀は笑う。開店時間直後に予約したお客はいない。一時間後に二人。時間には余裕がある。二人をソファに案内、コーヒーを見習いに頼んだ。
「また事件が起きたらしいですね、通りのお店が立ち入り禁止になっていたと伺いましたが」
「正確にいいますと店ではなく、店の裏手、ビルとの間が現場です」
「まずなぜ私にそれを伝えにいらっしゃったのか見当もつきません」
「あなたの証言が偽証ではないか、本部での見解です。私は部外者、管轄外なので本来なら昨日のうちに引き下がるはずが、その偽証を取ってきた責任で、真偽のほどを確かめる役目を請け負いましてね、あなたに訪ねたわけです」畏まった言い方はやはり取り繕うための偽装。仕儀はこういった特性を持つ人物の言葉をあまり信用しない。
「見たままを話したつもりですけど」
「少女ではなく、少年の可能性は持たれませんでしたか?」
「はい?いくら若くても女の子と男の子では雲泥の差。男の子がいくら髪を伸ばしたところで女の子と違います」
「具体的な見分け方でもあるのでしょうか」
「直感ですよ。好きか嫌いかの具体的な指標は作れません。それと同じだと思います」
「そうですかあ」熊田はため息をつくとタバコを取り出した。
「禁煙です」手のひらで仕儀は制した。
「失礼」軽く首をすくめて熊田がタバコをしまう。隣の種田は石像に扮した佇まい、生気が感じられない。
「まだ開店前なので、申し訳ありません」
「気になさらないでください。吸えないのならば我慢できます」
「あの、どこが私の証言と異なるでしょうか?」間違ったことは何一ついっていない、見落としはあったとしてもだ。
「水鉄砲で窓を汚した、あなたの証言ですけど、その水鉄砲が見つからないのです。防犯カメラはあいにく、向かいの店舗は改装工事をしていますし、両隣の店も天井付近からのカメラ映像で出入り口を横から撮影する形で通りは、入口のあたりに人が立ったときに映るぐらい、避けてしまえば少女の姿は映りません。そのほかも店によってはカメラが取り付けていない。蕎麦屋には格子の出入り口を入った先にカメラが据えつけられていますが、これも店内を映したアングルなのでやはり通りが映る時間はほんのわずか。おおよそ少女の通過時間に、引き戸は開いていませんでした」