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小説は大人の読み物です 「テーブルマナーはお手の物 1」

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 市内の中心地O駅を西へ、二区画(block)進む。傾斜の急辛(きつ)いでんぐり坂を二つ目の信号で逸れ茶色の雑居ビルを過ぎた先に着く、徒歩で約十分の距離。種田は毎日この経路(root)をO市警察署まで歩く。有形文化財に指定される近代建築の代表作が勤務先と聞けば誰もが羨ましがるかもしれない。しかしそこは古い建物に相違なく朝晩の冷え込みと真夏の暑さは冷房装置(cooler)のない種田の自宅高層型住宅(mansion)よりも寒く、そして見事に暑い。ありがたみが身にしみるのは携帯写真機(camera)を構える観光客がその大半であり地元の人間にとって見慣れた建物に成り下がる。

 建物におよそあわせたとは思いがたい。一体化した主剤硬化石灰粉(concrete)塀と門柱は風に晒され見るも無残な麺麭(パン)の乾く内壁のそれと似る、躯体は日々風雨へ任かす。文芸復興(renaissance)様式が顕著な対称性は跡形もなく、敷地内左手は不均等(unbalance)に広々占有面をあてがわれる。観光客の構える視界を遮り、若干傾斜がつく駐車場を、建物には入らず種田は歩行速度そのままに車へと足を向けた。

「乗ってくれ」煙草を咥える熊田が眠そうな目で頼んだ、彼は種田の上司である。

「留守番は」

「二人に任せるよ」

「反感を買います」

「機動性を重視した。情報部に流れてすぐの新鮮なままが欲しい。二件目の発生も危惧しなくてはならないしな」

「多殺の可能性は低い、私はそのように考えます」

「特定の個人、一人を狙ったとでも?」

「昨日の捜査は至って不十分。過不足なくとまでは決して言い切れない。目撃者は監視像映機(camera)の不鮮明な映像のみ。東中央広場(concourse)を北口に逃走した姿の目撃情報も、事件発生時刻、最終列車の前後で聞き込みました。有益と不確かな気づきさえもたらされていません」刻限を定め二班に分かれた、一度駅は離れた。

 昨日種田たちは前半日を現場の捜索に当て、日の後半は一度現場のS駅を離れ被害者の身元確認に遺送されたS市中央署にて被害者の妻とを対面させた。    

取り乱すことがなかった。平静の裡(うち)に内乱は、窺えた。

後日改めて事情を聞くということで簡易な質問を交わしその場の聴取は切り上げた。その後S駅にとんぼ返り、被害者の勤務先を訪ねた鈴木、相田と合流しS駅周辺の聞き込みに回るも、述べたとおりめぼしい成果は得られずじまいであった。重ねた検討がいう、打つ手はなしと。ごみを浚う通勤電車のゆれに頭はすこぶる冴えざえ、追加の報せが舞い込んだことはありうる。種田はもう一度現場を展開(ひらい)た。    

S駅はplatform(ホーム)を二階に地上階を東西二箇所の改札・構内を設ける、改札出口が東、西中央広場(concourse)にそれぞれ通じ南北の出入り口が屋外とをつなぐ、『田』の字が鳥瞰図に適当だろう。地上階の上を東西に伸びる線路が敷かれる、真ん中の横棒が左右を貫く形。改札を通らずにもう一方の中央広場(concourse)へも、外に出る南北の出入り口が手前より通じる。つまり厳密には漢字の縦棒は上下辺と空間を空ける。西と東は西中央広場(concourse)が線路の下を使う通路より出られる。東は北と南に

発生前、駅舎外に通じる北口硝子戸(door)は点検のため施錠、西中央広場(concourse)の硝子戸(door)が十一時四十五分前後終電に駆け込む乗客が殺到してした。S駅の管理事務室で確かめた映像がその根拠、証拠である。北口硝子戸(door)を映し出す監視動作収録機(camera)の映像も調べた。硝子戸(door)は内側からは開くようで頭包外套(cape)のような頭部と上半身を隠す衣装に身を包んだうつむき加減の人物が小走りに北口を北東、運良く切り替わる青信号を渡り、消息を絶った。十分には到底、だから彼女は検討を終えられた。探る価値を有しない、車両内は体を休めるに四分の三をくれてやった。

 信号の蓋然性を疑いはした。利用者は長い待ち時間に不満を抱いていた。十人ほど午後の六時前後は北口、時間にゆとりを持った通行人に話を聞いたのである。ただ日の沈む深夜近くに検討は様変りした。切り替わる間隔、信号機の横断可能な歩行時間が狭まるのだ、休憩に数十分その場を離れ記憶がずれを訴えた。おそらく歩行者と車道を走る車の比率により車を優先する間隔に切り替えるのだろう。信号が切り替わらなかった場合自分ではどちらの方向、つまり東か西かに逃げるか、この想像が諦めさせた。中央は除いた。bus terminal(バスターミナル)と貸切自動車(taxi)乗り場で行き止まり、四五m台地に下は水路が回る。逃走に送迎車は不適当、足がつく最たる愚行を殺人を終えては、。西も選びにくい。終電に駆け込む乗客が大挙とし押し寄せる。よって東が妥当な方角に思う。とはいえだ、これは計画を立てそれに沿う犯行を前提とする。なぜなら、逃走先ともう一つ、腕に首とを切断可能な高次元の殺傷力を備える凶器を、他の乗客に馴染み持ち歩く輩がそうそう、それらに見られぬよう終電間際の駅構内をふらつけはしない。

 熊田の煙草が灰と消える時を考察に充てた。煙草は車の外で、私と乗るときはいつもこうなのだ。彼が車内へ。合わせる。種田は助手席に乗り込んだ。三気筒の小型車、海外製である。

「昨夜遅く開かれた第三者機関設立を祝う懇親会で代表の武井元子さんは『来月の始動に向け準備は整った、これ以上不可解な死がまかり通ってはならない、死亡要因の厳密性を我々は護ります』、と力強く成員を鼓舞しました。彼女を支える成員は家族の死に不満を持つ遺族たちの団体『白菊』のメンバーで今後は営利を図る組織に組し『同族が生まれぬ世を実現します』と先月息子を失くした成員が誓いを述べました。つぎに五月の連休に国外を出る旅行者は二万人の上ると、大手旅行会社『日本渡頭(にっぽんととう)』が発表しました。昨年度は消費税増税の余波で二万を割る数字でしたが、今年は早くは年明けから問い合わせが相次ぎ、初年度に絞めた財布の紐は各家庭の想定を下回ったためと、また一部の関係者は格安路線の増加の影響も多分にあるとの見方を強めている。期間中、日本はおおむね天候に恵まれ、国内では高速道路の混雑が予想されるでしょう。雨の心配は週明けに北陸より北が……」縦に並ぶ文字が音へ変わる女性の固く乾いた声が遮蔽に遭った。密閉に秀でた窓と眺める硝子よりの外と似る。左斜め前方に海、正面上りは海岸線が左へ緩く曲、右手はぎつしり住宅の立ち並ぶ家々、道の細くこちらも坂が伸び、先の曲がる。

 穏やかな凪は白波潜めし翡翠色の海面、日本海を左手に沿岸道路を三十分ほど走った。S市への国名標識(カントリーサイン)、時計台が出迎え、そこからもう二十分山際に沿った険しい曲道(curve)を過ぎ平地の住宅街を突っ切る車道へ車窓を変える。S市に入る直前立体交差の下を通過、その後市内は工業地帯、住宅地、個人商店、病院、工業地帯を抜け住宅地、一度離れた山の手は傾斜地に車を止めた。

 二件先の住宅では電気工事の真っ最中である、停まる箱型貨物車(van)の後部扉(back door)が開いたままで詰込む(つめこ)太い配線の束、手作りの棚がきっちり後部に収まっていた。

「O署の者ですが」屋内応答機(interphone)を介した返答はなかった。玄関扉(door)がゆっくりと開く。

 現れたのは小さな少女だった。

「お母さんはいるかい?」熊田がきいた。少女は力強く首を振った、そして中に入れないぞと、両足を踏ん張る。太目の眉の下できっちり敵を見定める瞳が二人の刑事を見上げる。

「話を聞きたいんだ。君はここの子だね?」

 けたたましい瞼の開閉をそのなかに目線が八方へ泳ぎ、凝止、少女の顎は軽く引かれた。玄関風囲い(hood)の側面硝子(glass)を何気なく見やって、またこちらを見上げる。心を開いて正解か、判断の基準を彼女は持たずにいる。

「秋帆(あきほ)ちゃんかな?」

「そうだよ」名前を呼ばれるまでは返事をしてはならない。誰かが教え込んだ教育。それはつまり名前を知っている者は少なからず怪しい者ではないのだ、という非常に曖昧な基準によって不審者とそうでない者との選別を子供に課してることが言えるだろうか。種田は一歩引いた玄関風囲い(hood)の外は石畳より、二人を眺める。

「お母さんと話せないだろうか」

「ダメ。今は、ダメなの。一人がいいって。家にいなさいって、私ね、学校お休みしたから遊びにいけないの、それにね、まだね、こんがり焼いた

塩漬燻肉(becon)と薄焼麺麭(toast)もね、食べていないの」ませた女の子特有のまくし立てるしゃべり方だ。

 熊田は秋帆に伝令を頼んだ。屈んで警察が来ていることと隣の公園で娘さんと十分ほど遊ぶことの了承を書き記す書留片紙(memo)を手渡した。パタパタ、足音と呼びかける声が遠ざかる。

「まだ心神喪失状態らしいですね」種田は言った。

「娘には事情を伏せているんだろう。それか、子供が近くにいることで最悪の事態から逃れるように気を張っているのかもしれん」

「後追い、ということですか?」

「家を建てる計画を立てていた。被害者の所持品の鞄に建設事務所の見積もりがあっただろう、新生活の期待とこの先の不安が一気に降りかかる。現実逃避に逃げ込むのは至極まっとうな反応なのかもしれない」

「衰弱を抑える自律神経の独断」

「死にたがっている者が薬や外力によってようやく命を絶てる。身体の構造上、死を招く自傷行為には抑制が働らく、切腹という特例があるにしても、あれは已むに止まれず取らされてしまった行為であるし、高所の建物から飛び降りる自殺もだ、落下の痛みを感じるまでの遅反応(time lag)が踏み切りを可能としてる。衝突まで一秒弱、躊躇うのはそのためさ。しかもその高さでは生きられる目算も働く」確かに死ねる程度の高所となると三階以上の地上二十mの高さが欲しい。それ以下では落ち方の工夫が必須、顔や胸などが先につくように。

 帽子をかぶった高山秋帆の足音、室内は薄暗く、玄関の正面から奥に伸びる廊下と地続きの居間(living)は薄暗かった。靴を履いた秋帆が首からぶら下げる鍵を閉める。片紐小鞄(pochette)から折りたたんだ紙を熊田に手渡した。彼女は「忘れたっ」、と囁くように言葉を漏らし閉めた玄関戸(door)を開け「いってきます」、と大声で返らない挨拶を放った。二人の間をすり抜け、石塊(block)塀、隣家との間も通り、下辺の公園に下りていった。

 熊田が紙を手渡す。

『娘には夫の死は伝えられていません。私の気持ちに整理がつくまでは、と思っています。夫が家に戻り次第気持ちは順に片付けなくてはならなくなるでしょうから、もうしばらくはそっとしておいて下さることをお願いします』

 

「張り込みましょうか?」

「怪しいと思うか?」

「可能性を否定するための確認、その価値はあるかと」

「車は見られている、車の回収(pick up)に一旦戻れ」

捲くる左袖を種田が覗く。「はい、二十分ほどで」

 テーブルマナーはお手の物 1の9

「はーっつははっ、よく言うわよね、あそこで私がアドリブを利かせたから袖から出られたんでしょうに。まあ、いいわ。今ので帳消しにしといてあげる」「そうそう、来週のお昼は鰻がいいわ。大目には見て、残すは態度だ、冗談。年長者だからって、昔は今このときも行進されてるの、ご理解いただけたかしらね、ふふっ」

「そろそろかな、僕は引き上げますよ」

「あっ、じゃあ私も」

「タクシー、捕まえます」

「あなたはお会計」

「いや、僕が出しておくよ。なにかとこの先お世話になる」

「そんなあ」

「真に受けてもらっては、言い出しにくいなぁ」

「嘘をつきません、だからですよ」

「嫌らしい香り」

「なっ、なにをっ」

「まったく、冗談が通じないわね。この言葉言いたくなかったけど、最近の若者は」

「タクシーを頼むよ」

「お姉さん、お会計」

「えっと……、どっちがどっち?」