コンテナガレージ

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テーブルマナーはお手の物  6

「つまり、私たちと言葉を交わした二人はまったくの別人であった、これを信じろとでも?」

「お怒りは重々承知、僕だって騙された一人だよ。種田がすべてを見通せる博識ぶりは認めるけど、だれにでも見落としや失敗のひとつはあるんだから。汚点と思わないことだね」

「失敗はありません、不戦敗あるいは不平等な能力差に私自らが戦いを降りたのです、誤解されています」

「そうかな。んまあどっちでもいいよ。とにかく、高山博美と秋帆の行方は犯人と負けず劣らず謎めいてる。また、二手に分かれるだろうな」鈴木は付け加える。「それよりも、病院で診てもらうべきだよ」

「医者(doctor)に診察を受けた、活動に問題はない、そう言われたのですよね?」

「精密検査はだけど受けるように念を押されたよ。かなり疲労が蓄積した常態に変調をきたした。刺激反応(stress)が幻聴と目眩の要因だろうって」

「すでに借家を出ていた高山明弘、隣近所の主婦連は学用鞄(ランドセル)を背負う小学生、を見かければ必ず素性は知れてるのだと。ならばいつからあの家に身を潜めていたかが焦点……」

「余計なことだけど運転中の考え事はよそうね」

「睡眠は気を失って充填、英気も養いました」

「頑固、だよね」

「鈴木さんの自宅まで助手席に揺られるほうが危険。私の高層型集合住宅(mansion)まで眠気に打ち勝つにはこうした事前に死と隣り合わる進操回握(handling)に挑む」

「それって僕は蔑ろにされてないかな」

「振り出しに戻りました。熊田さんの報告が遅れていますが、進展は?」

「まったく、よく話を飛ばすよね、種田って」

「はい、ここで終わり。宣言をすると睨まれました。無言で次の話題を振ると躊躇いがちにも頭を切り替える。それにひとつのことにこだわった思考は得策とはいえません、絶えず飛び回るのが一般的でしょう」

「凡人の僕は考えてもみなかった発想だけどね」

「新築に移るまで家財を抱え実家に帰省したとは考えにくく贅沢な宿泊館(hotel)暮らしも週限借家(monthly mansion)の入居も気が早い、図案に家の大まかな要望を纏めた段階でした」

「そうなんだよ。引っかかるんだな、家を建てる意気込みの反面それまでの暮らしをあっさりと捨てた。一ヶ月前に大家も引越しには立ち会っていたよ。国道にぶつかる下り坂の、勾配がはじまる角に銭湯があって、見事そこで大家とばったり会ってしまったわけ。家を探してる人を知らないかって世間話が聞こえたもんだからね」

「着きました」

「じゃあ二時間後に」

「お疲れ様です、ご迷惑かけました」

「しおらしい」

 冴えた目、眠れるはずがあってたまるか、種田はそっと自宅に引き返した。振り出しに戻った手がかりをそれとなく引き寄せ確かめながら。

 

 『する』が次第に『すべき』に変わり、『すべき』はころりと『しなければ』

 手ごたえを感じるなどとは恐れ多い、立ち止まり居座る安住の地であってたまるか。

 日本正(にほんただし)は暑さを日増しに否応なく体感する北の夏仮居(かりずま)いの一屋へ網戸を取り付けようか、思案は着替えと退室の数分内でのみ許す、昨日は配送業務を行う販売店を見つけ午前午後の大雑把な時間指定に縒らず二三時間単位が設定されているならば即決買おうと至ったのだ。血流を最上部へ送る間に朝の支度は整う、結論はこう、発注を明日に持ち越す。閉店直後がふさわしい、研究の手を妨げられては、。寝苦しさにあえぐ一晩がまだ耐え難い苦痛に日本は思える。

 二号店の開業(open)に踏み切った。一昨日の出来事である。大まかな主旨(concept)を忠実に遵守する店長を抜擢したので、もう日本の手を店は離れた。経過観察が二号店の目的、薄広(まんべんな)く知名度が浸透するかはたまた突如注目を集めるのか、そうであればどの程度期限はいつ頃まで所謂人気というものの持続は可能か、本店と差異を計る。手探りの段階にあえて詰め込み疲弊に別の事柄を考てもらう、そうして休憩という名目で頭を騙ましたら、休みとなる。日本自身も店に立つ接客係といえ、もう一人の店員がまかなう、私は主に出来上がった料理を正直でぶしつけでしかし活況に喚く、まっとうな感想述(report)という概念を越えた彼らなりの真実打ちあげた、店内は、各食卓(table)へ運ぶ。飲み物は三種類、お茶、果甘飲料(juice)、天然鉱水(mineral water)に限りを設けた。注文の受付はひどく簡易でそこに輪を掛け店員の駆け回る一場面(scene)が視られたら、それは大いに希少であるからお祭り騒ぎに箍(たが)をはずす一歩手前の狂喜にお客の歓声が上がる。誰もが意を述べていたいのだろう。自分とは相容れない世界、真逆、日本正は一階の店内で物思いに耽っていた。

 白衣(はくい)のまま、店を出た。車の走行がひたと途絶えた通りは数年前に造成の手が加わるS川に沿う。仕方がない、駅前通りに進路をとる。『エザキマニン』の店主が行過ぎた、奇特な人物も世界には存在する。こちらを視認をしていても挨拶を封じた、天晴れな行動だ。遅れて雨合羽(raincoat)を着た女が後に続く、距離をとって連れ立って歩くとは言いがたい、好意をもたれる苦労を背負う、容姿に与えられた宿命だろう。

 白衣(はくい)は深い、腕の長い日本と合い好い位置の袋状物入(poket)に目的物を掴む。

「はい、日本です。只今電話に出ることができません。電波の届かない場所か電源は入っておりません。このまま留守番電話につながります、発信音に続いて伝言(message)をどうぞ」

 通話を切る。この時間だとまだ寝台(bed)の中だろう朝にはめっぽう弱い、弱いのだよ。、起きていれば一体家に戻らずどこをほっつき歩き、研究の進捗状況を逐一報告する約束だろうが、と信号変換器(speaker)を通じる割れた音声を届けるのだ。いつを境に途絶えた返答だったろうか、日本は小雨が作った路面が凹凸の教示をさけて貸切自動車(taxi)を捕まえた。

 firstfood(ファストフード)店のまん前止まる。後部戸(door)硝子を拳打(knock)して乗り込んだ。

 行き先を告げたはずだった。

 一向に走り出す気配が感じられずに、腰を浮かすや運転手の制して、

「誰もいないご自宅に帰られるのですか?自作自演とは聞こえはよろしいでしょうな、妻帯者、しかも子持ち。うんうん、世間の評価は突飛な常人には理解不能な研究に人生をささげる化学者(chemistry)。隣近所、上下階、長きに渡った定住には少しばかりの接触が山となりちりが積もり、詮索が弥が上にも……」

「誰もい『ない』」遮る。「聞き捨てなりませんね。撤回を要求します」日本正は鏡(mirror)を睨む。

「ほっつほうぉ。これまた有名人にしては大口を叩きますなあ」明らかに足元を見た舐めきった口調だ。名の知れた者を乗せ挑発することに生きがいを見出す。不憫だ、悲しくさえある。ただし、私の生活に不干渉であればという条件つき。彼は後部座席中央へ腰を移した、acryl(アクリル)板一枚隔てて運転手の顔を拝む。

 女性。

「驚いた?」口蓋(mask)を外しその下へ不敵な笑みが浮かぶ。浅黒い肌。自黒の首筋が束ねた髪と襟の間で狙い定めた魅了が明暗(contrast)。乗り込んだときにも見せ付けていたのだ。

「撤回だ」それを撤回。発言を改めさせる。私はこの耳で『ない』を聞いてしまった。訂正もしくは私の『する』を抹消、根絶しなくては。説き伏せてきた。独立を先導した『する』と私は二胴一体である、手放すは成果を良不良なり見極めて前後の決する。、それは過日。

「あーら。録音したこの音声がことに評判の高い二号店開業(open)の数日後に巷にばら撒かれてもよくって?」女性運転手(driver)は脅しを掛ける。「そうねえ、いくら必要かしらね。まあ、個人貸切自動車(taxi)だから一日の売り上げ目標(norma)に苦しめられる精神的圧迫とは無縁だし、お客を是が非でも乗せたい、できれば遠くへっていうしゃかりきなんて営業許可を取得してこの方、思ったことはないのよ。はっきりわかりやすく桃色の車体は女性が好んで乗りたがるし、売り上げは常に好調好調。月々はそうね水商売ぐらいは稼いでるわ。つま……」

「数十万の口止め料は納得を勝ち取る支払額をはるかに下回る。一桁あるいは二桁上の金額の提示でやっと食指を動かししぶしぶ交渉の舞台に立つ。下劣」

「『愛』と呼ばれるかりそめが世の中をつくる材料だと思ったら大間違い」細長い指が口を覆う。「お金が強固互いを系(つな)ぐ。代々の資産家は後世資産を受け継いだ生活と生まれながら固く結ばれる。あくせく、それ以外の九割を占める一般庶民は地上十数階を羨むに飽き足らず、いっぱしに人並みの生活を送りたくて、たまんない。ほしい物に踊らされた苦しみであるの、見ちゃいないのよのね」

「妻が待つ家へ帰る」日本は波打つ鼓動を抑えるが、ときとき、あおりを受ける拍動の高鳴り。

「奥さんは三年前に他界されましたね。なぜ、周囲にはご自宅に帰られる演技を続けるのか、研究者のあなたには何よりの無駄に思えてるはずでしょうに」

「訂正だ……誰もい『ない』を訂正するのだよ、君」厳かを意識した、ぎりぎり歯を食いしばる。日本のエラがこんもりと薄い表皮の下で盛り上がる。

 女性は何食わぬ顔。まっとうなありきたりなことを言って何がいけないのよ、八の字に眉を形作る。ふん、正面に戻り。方向指示器(winker)の規則的な拍子(rhythm)が苛立ちの背中を押す。「正当な料金を支払うと約束してくれるんだったら、条件を飲んであげる。そうだわ」女性運転手(driver)は高い声を出した。「あなたの奥さんさあ、携わった研究の事故で死んじゃったのよね。たしか大手の食品会社だったなあ、タイヨウ食品よ。研究内容が食品、食材の共通成分とうまみ感知の関連について。あれれ?これってあなたの商売そのものなのだが、ふうん、どうしてかしらね、不思議よね。奥さんは研究の職にあってタイヨウ食品に勤めた。個人の研究として外部に漏らすことは会社を出し抜く、違法行為といえてしまうわね。……それって重ーい罪で刑に服してしまうかもしれないってことよね」

 この女は調べ上げ要求を突きつけた。悟らせ、察するこちらを望みもする。要求の多いこと。日本は窓に視線をやる。

 三つ指を突いて研究職の傍ら不規則な刻限に出迎える、あいつの息遣いがむせ返り行き渡るわが邸宅に帰宅『する』のだ。これが寄生の全貌さ。い『ない』とあっさり言えてしまえる、そいつをだ、過去に突き落とす。『ない』を崇拝する私はもうどこにもい『ない』。そこへ『ある』が代役を申し出た。私が、と率先し手を挙げた。だから、採用した。信じた、可能性に掛けた。『ない』へ不断(ふんだん)に傾けた呪いを根こそぎ吸い出した。だから私と共に生きるあいつの『ない』が不可避であるのさ。こうやって『ある』が生まれた。ただ、いつの間にやらお転婆なあいつの『する』そして法規のごとし『すべき』へ姿を変えてしまっていた、思い知らされた。私自身を欺く活動が体内で行われていたとは、いやはや驚きの極致だ。気づかされる、いつ振りの心境か心底驚いた。

「いいだろう。好きなだけ要求に応えてやる」伝導率の高い骨に響く声をわざと作り出した。日本正は真一門に口を結ぶ、数㎜口の端を引き上げた。

「お店を増やして」ぞっとする微笑を運転手(driver)は顔に宿した。死に場所を聞き返した後悔、そんな錯覚に見舞われた。女性は透明な声で言い渡す。「S市中の隅々各時間帯に行き渡らせてくださいな」

「たんまり現金をせびるつもりだったのだろう?」拍子抜けだ。関心の熱が引く。加店に応じた入金を小額ずつ、動かずして生む貨幣に価値はない。

「あら、見くびられたわ、私も。言ったように老後の生活費はごまんと銀行に保管してもらってる。あなたが強く勧めるなら快く誠意を受け入れてあげるわ。そこまで頑な態度は反対に取難いでしょう?気苦労が多いのよ、反体制ってのもこれで結構大変なんだから」

「目的を話してもらおう」興味などない、ぞろぞろ研究が這い蹲る頭蓋内。「私には訊く権利がある」

「そうねえ」女性はわざと間を作った。「言い方を替えましょうか。あなたはS市中あらゆる地点においてあなたの店『PL』を住民に知らしめ、全住民を店に呼び寄せるなどとは、天地が裂けるのと同等、ありえ『ない』ことだわよね。ええ、まったく検討もつか『ない』。老若男女は到底、土台不可能だわね。いや、私もこればかりは言いすぎてしまった。撤回しようかしらぁ、」

「『ない』があってたまるか」日本はぐっと仕切り板の顔を寄せた、熱が上がる。「いいだろう、いいだろう。ふん、証明してやる。ただし事実無根の、妻に関する信憑性を極端に欠いた情報の破棄と口外停止の確約はまさか口約束で済ますのではあるまい」

「思い違いをしている。私が提案を持ちかけたの、つまりこちらが有利な立場で、あなたは条件を飲み込み、聞き入れる側で選択はあなたが願いを聞いたときに決定の押出丸(ボタン)をあなた自身が押していた。とはいえ、私に有益なのですから、相応には劣る権利。ならば主張もまんざら的外れとはいえ『ない』ようだし、そうね、どうしたものか、こういうときって、案外ありきたりな日常の習慣義務が標的にあがって、後々頭を抱えるのよ」

「運転許可の撤廃」

「嘘ぉ」大げさに女性は応じた。

「相応な条件だ。不相応ならば却下を命じて万事、ことは収まる」

 貸切自動車(taxi)を降りた。通りを闊歩する勤め人の目を引く桃色の車体。後部座席にこちらを恨めしそうに眺める腫れぼったい特徴的な瞼のあいつが見えた。研究をその生涯は探究心に忠実にあれ、私と心境は相似だったはず。塞き止めめた私に非があるのとでも、日本は貸切自動車(taxi)を止めた。

「Yの森まで」

 三号店は、自宅の近所に範囲を限る。店長の席を不在に、私が兼任をしよう。あいつの席を私が作る。だから、あいつの研究資料は自宅の本棚に残したfile(ファイル)とPCのdate(データ)では不十分だ。タイヨウ食品を調べなくては。色めきたつその手前の高回転を維持するのだ、彼は言い聞かせる。

「すいません」運転手に言った。「タイヨウ食品の本社に行き先を替えます」

「タイヨウ食品本社……、ああ太陽の大きな抽象物(objet)のtall building(ビル)ですね」

「ええ」右折車線(lane)を離れる。まだ融通の利く通行量だ、貨物車(truck)もまばらで通勤の乗用車ばかり、。眠気が襲う。研究にかまけた昨日が顔出す。睡眠の質を阻害してまで夜が好まれるのは人の気配を感じにくいから。鈍感だと誤認をされてるが研究者は人一倍変化に敏感な人種であるだろう。だから、同じ服を着、同じものを食べ、同じ時刻に起き、同じ作業に取り組む。

 一片(ひとかけ)二片(ふたかけ)艶めく花弁が落行く夜の街に突き当たる。繁華街のneon sign(ネオン)はとっくに意識を閉ざす。うらぶれた数人が歩道へ落とした過去(さくや)をとぼとぼ探していた。

 

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