コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

「はい」か「いいえ」1

 先週は店の二階にとって開業から今日までで最も脚光と活躍の場を与えられたろうか。二週間に一度、手抜き掃除を続けていて正解であった。月曜の昼食献立(lunch menu)は気温の低下を考慮したシチューを起用し日曜の夕刻あたりから取り掛かり終電の一本前まで具材にホワイトソース等ぐつぐつ煮込んだ。天気予報は週刊予報を日曜夜に確認(check)する程度でtelecvision(テレビ)の電源にはほぼ触れずに過ごす。予報に違わぬ場合は当日朝に変更をさらりと決め、修正に充たる。前日や早朝から取り掛かり当日の天候悪化、回復に合わせ前日の仕込みを捨てても日に適したfare(もてなし)を一から作り直すことは日常である。私心がなく、お客に忠実が店主という存在の第一義と当人は考える。

 やけに目に付く幟が駅前通りを埋める。四丁目の角、大画面を備えるtall building(ビル)の一階に入店を待ちわびる連なり。甲高いくしゃみが青信号の手を借りて空間に解き放つ。肌寒さを体は訴えているのに。幾分だが薄い雲それも灰色が垂れ込め湿り気も感じられるか、店主は表口を避けて裏口に回ると、通りとの差で鳥肌を立てた。戸(door)の横にぶら下がる温度計は湿度六十%を示す、店主は寸胴の、暗がりで一夜を明かすシチューをこの時点でようやく昼食献立(lunch menu)に決めた。

 過って駆け込まれないよう客間(hall)は閉店直後のままに厨房の明かりを点けた。白衣(はくえ)に着替え本日の業務に取り掛かる。とはいえ、二つの寸胴に火を入れる作業と容器の在庫を確かめる、息を切らすばかりが調理過程というは思い込みである。しかも弱火の熱が、二つに分けたシチュー全体に行き渡るには三十分以上先、容器は購入と消費数を精算台(レジ)下の帳簿に明記してあるため、出勤してきた小川か館山に開店直後にお遣いを頼み、仕事は完遂してしまう。何をするべきか、店主は帳簿をしまうと店内を意味もなく眺めた。

 前店主の信念(policy)を一言で百人が口を揃えて本格志向と言い切る。装飾品、食器は格式高く由緒正しき一品をかき集め惜しげもなく店内にあてがった。本物に触れて食事と味と客層が日ごとに振る舞いを正しただろう、開店当初は普段着の人も訪れていたに違いない。しかしpizza(ピザ)は庶民の主食であるはずだ、手軽で腹持ちがよく高富栄養(calorie)は労働者に活力であったろうに、それを上着(jaket)を要求する礼装指定(dress code)で入店を拒むとは廃業を目指すとしか思えない。店主は前店の噂や情報の一切、傾聴及び又聞きを避けていた。出店に際し以前と明瞭な対比を店主は出発点に位置づけた。、外観と店内は圧倒する年季の入ったかつての備品と厨房の業務機器が、おおよそのことをあれこれとしゃべりかけてくれた。だからこそ供給食一覧(menu)に『pizza(ピザ)』の表記を避ける。二階の利用も思い返せば考えていた。おそらくとは自分らしくもない、衝立が視界は遮蔽し会話は届ける気配を感じる半個室を視野に入れていたのだろう、先週食器を広げた床に局所的な凹みをそれも一階の二人席を等間隔に並べた距離に見つけていた。もしかすると二階は仕切らず一般労働者の席だったのかもしれない、店主の頭につっと映像が流れた。席に着く一等席(first class)の客間(hall)を二等席(economy)の乗客が指を咥えて眺める。いつかあの席へ、記念日にめかし込んで座っていたのかもしれない。

 飛行機、といえば店主は日曜日、都内を訪れた。寄る所もないのでまっすぐ帰った、日暮れを過ぎた時間帯に着いたか。例の訪問客が遠出の理由だ。小川にも話したが店主が呼び寄せたのである、訪問前の受話器越しに『店内の不始末にはお詫びのしようもなく、一切の非はこちらにある、顔も見せず言葉を並べたとて誠実は川を挟む対岸に視えるのみ、これもまた々こちらの都合。述べずには折れませんこと』と詫び言を受けた。骨董(antique)の食器を競売にかけるため、方々に仲介と商品の査定を頼める人材を集れば偶然にも週末の開催日に間に合わせますよと、名乗りを上げたその人こそ、暴れん坊の迷惑なお客保世芳喜(ほせよしき)であったのだ。

彼の名刺はもちろん店主の手元を去る。不用以外の何物でもなく人の名前は忘れる店主はしかし、顔はきっちり印象を保持・保管する。髪型服装を変えた常連客の来店にいち早く好みの味付けを言われるまでもなし注文取り付け厨房へ駆け込む小川に席番号とお客の特徴を先に言ってのけたことか。

 古美術の情報網(network)は狭小で噂は広まりやすいとのこと。寝違えた首を揉む。やはり朝は善い、一日が朝で満たされたら、どうかしてるぞ、三割開けた寸胴の蓋がじたばた的確に意見した。珍しい出物が必要とする或は個人的な趣味嗜好の意中掴棒(antenna)に引っかかる仕組みが出来上がっているらしい、商人それぞれに得意の分野があるのだそう。彼は顧客の鑑定がため関東へ出向いていたところを同業者の知らせを受け、急遽先週の訪問・面会となった旨を話していた。

 本来は自分でも喉が出るほど欲しい。が保世芳喜曰く、十二本で一卓四数(one set)だからこそ希少なのであって価値を知る者こそありのままの姿を眺めるべきで、それには半端な好奇が欲しがる一組だけという邪心は捨て去るべきなのです。盗まれたことで余(あぶ)れた端数は単品の出品が望ましい、と。ただ店主には時間がなかった。一本ずつは労力と手間を要する手続きに見送り、knife(ナイフ)、fork(フォーク)、spoon(スプーン)を各四人分が三組の計三十六本を受付終了間近、申請を間に合わせた。広げた布を背景に品物の写真と動画を主催である『ミレニアムオークション』へ事前に送り、これはいわば仮申請が受理されたまで。会場にて再度現物の鑑定を経てようやく出品を認められる。話によれば、日本の鑑定資格と世界の標準資格はまた異なるようで、しかも世界の場合特定の商品ごと、たとえば宝飾専門の資格が存在し、僕が出品する骨董(antique)の食器は欧羅巴(ヨーロッパ)古美術∧日用品∧食器という区分に属する。大まかに食器と括るも実態の綿密迷路たるや、分野は更に細かき容易く隣家の畑を見様見真似でなどは筒抜けの陳列棚もさることながら価値を選定する知識取得に膨大な時の消費が立ちはだかる、言わずもがな 初者案内書(guide book)等の導きは当てにできない、考証を重ねながら蓄える、血肉にはうってつけではあるのか。特定の硝子製品や固執とも思える或る年代のみを扱う業者も存在とのこと、飛行機内で聞かされた、無論店主自身の求めは概要を、であったが得意なことを語るにはいかんせん言葉数が増えてしまうのが人の性というもの。少しは大人に成長(なれ)たかもしれない、数時間をああやって耳を傾けられたのだ、店主は一度店を出て、開店の準備が整う本日の繁盛が予見される『コーヒースタンド』でhot(ホット)coffee(コーヒー)、同産種豆(single origin)を持帰り(takeout)した。店員は早朝には珍しく女性であった、新しく入店(はい)ったらしい、僕のことは他の店員から聞かされたのだろう、どのような説明を受けたのかはまったく興味も感心も薄い店主である。「どうも」堅苦しい挨拶のひとつも言わず立ち去る、店そのものに払う敬意はこの手が包む。

 二千万弱が今日午前中には振り込まれる、電子幣取引(netbanking)ではすでに振込みは完了し振込先の開行を待つばかり。一種異様な光景だったらしい、会場に出品者と品物が姿を見せる、高値に比例し出品者たるもの強奪に備え生身は自宅にて信頼の置けるものを会場に代(たて)る、当然出品者の氏名や素顔などは漏れ伝わる、しかしその場で交渉が成立するのであるならば危険は競り落とした購入者に帰属するわけで、店主もその口、持ち帰るつもりは毛頭なかった。往復の飛行機代と仲介業者の手数料を上乗せた想定額に達し即売却、退場そして搭乗、帰途。

「『はい』と言いなさい」

 何事か。もう慣れっこ。振り返った扉(door)を無作法力任せに押開く人物が常識を持ち合わせてる微かな希望は、かなり前とうに放棄していた店主である。登場人物に応(こた)える、まずは出方を。

「はい」

「よかったぁ。断られたらあなたを力づくで首を絞めてでも『はい』と言わせかねませんでした。いやいや、どうにかこうにか、奇をてらった登場が功を奏しましたなぁ」口調に似合わず訪問者は若い女性である。黒の雨合羽(raincoat)、視界を確保する頭巾(hood)の一部が透明、長靴を履き作業着風の履きもの(ズボン)、雨合羽(raincoat)の前はひらひらと開いていた。

「何か?」用件を訊く、そして却下。店主の応対は常にこの二つを念頭に置く。

「『PL』の第二号店が試開営(プレオープン)を経て開業しましたね。ね、ねってね!」どうやら、『はい』と言わせたいらしい。

「はい」

飴玉を隠したみたいな顎。「非常に頭を悩ませる疑問が一向解消されずに、のらぁりくらり安心に浸っているのは、もう見ていられなかった」雨合羽(raincoat)の女は、空手を両開きて恥ずかしげのかけらなく大仰な手振りいや、腕振り。「このままでは店じまいを覚悟しなくてはならないのよ。わかっているのですか、あなたは?」

 これも『はい』と返答しなくてはならないのか、いつかそんな義務付けが?店主はとりあえず用件のすべてを聞いたのちに決判(けっぱん)することが滑流動(smooth)なやり取りにつながると不当な条件を呑む。もうじき昼食(lunch)用の副菜と夕食(dinner)の豪勢品目供(grandmenu)の食材を買出しに店を空ける刻限が迫る、客間(hall)の船底時計は六時半を回る。

「他店がこの店に与えるうる影響が及ばずがごとく、私はこの店を構えて営なみ方針はそれの執る。あなたの懸念は取り越し苦労でしょう」

「『いいえ』、私は並々ならぬ努力の末に開眼、悟りを開いたのですよ」突拍子もない発言が飛び出した、店主は無言で聞き入る。「私の『はい』は確実必死。頷き、口にすることで嘘が真に生(な)る。『いいえ』は半信半疑に現を抜かすぬるま湯に浸る決意を否定へ引摺(ひきず)り、自己否定をば着々強めよう。断るって他人を気遣ったりこれまでの歩みは人生経路がbottleneck(ネック)になってなかなかどうして踏ん切りを阻害してる。私はきっぱりどちらかに傾けてあげられるのです」

「経営方針の改善・立直しを図ります、という『はい』を言わせるあなたの計らいが閉店を回避する、ということですか?」

「不思議よね」雨合羽(raincoat)の女は伸び(stretch)をするよう疑問に思う仕草体を傾ける。「現象の理解を意図も簡単ものの見事にやってのけるのに自分のことは近視眼的に、見えにくいのかしら。灯台は下が暗し。放光灯(searchlight)足元明るし飛んじゃいますって白だけ居残り」

「ご心配には及びません」清算台(レジ)の下から手探りに手繰り寄せる買い物用小口を掴む。財布というよりも化繊(nylon)製チャック付き小物入れ(pouch)が適当に違いない。もっとも店主にとって名称は必要不可分にあらずだ。雨合羽(raincoat)の女性を瞥見それから反対側客間(hall)の窓を漫(そぞ)ろに見た。小雨が窓、張付(はり)ついていた。

「雨ね」女性がいう。

「はい」と店主。上着を羽織った、精算台(レジ)の下に畳み筒状は丸め込んで書類の隙間を詰めるが習慣、ここを言うなれば更衣室もとい脱衣所兼着用場と店主のみが名付けた裏呼称。 ―帰りはご自由にあなたのご判断で― 店主は扉(door)へ吸い込まれあたかも気体のようで通(す)り抜けた。屋外へ出る。一声。「施錠は気にせずお客のあなたが鍵を気にかけますか?それに盗られて困るものは、寸胴ぐらいですから」

「店は留まるのよね?」同意が女性の求め。頭巾(fuod)役目に洩れて髪ぬらす。『はい』と言わせたい。丸ごと透(みえ)たるお人真よ滑稽かな。

「『いいえ』」

「私の話に頷きたいのでしょうが」がらがら崩れる。組成ごと体内が歪な組合わせを強いたことに歯向かう。彼女がちぐはぐちはぐゆがむ。「無理は体に毒、精神衛生上は害悪を及ぼす。ねえ、ほら、素直になりなさいよおぅ」

 質問ではなかったので正直ありのまま答えた。これが最後のせりふ。

「相関関係があろうともそれは私が考付き試した過程でしか効力の期待をしてはならない。あくまでも私が通じていなくては。認めたいのでしょう、そして認められたいのでしょう。視界に入るもの・ことへあなたは名前を書き入れたくてたまらない。衝動に駆られる。嘘と真実のどちらかの顔で向き合ってほしい。そう、中間、どっちつかずが恐ろしい。怖くて恐怖に震える、あなたが言うようどちらにでも転べてしまえる。態度を変えなくては、義務が生じる。すると正しくあるいは誤りだと断定、断言、憶測を言い切ったあなたが消えてなくなるしか、ない。だからすこしでも片鱗を見せて証(sign)を送れ。、歴史は変わります、史実は未来にまた改変を余儀なくされる。見方とは時代の時々において多数が協賛した結果、成れの果てなのです。科学は如何にという問いにもある事実が疑いのすべてを跳ね除け、一つの言い分だけが残った。医学は大多数にとっての最良、不適合な反応はつき物。何が言いたいのか、私が理解に躍起になる姿勢を捨ててるのですから、発言に意味は持たなくて結構。ただ、無意味という発言でも世の中は作られているのだ、これは覚えておくべきでしょう。筋の角が賑わう兆し。開店時間はいつでしょうか、うちと同時刻か早いのか遅いのか、閉店は、明日は定休日だろうか、合わせていると私がないがしろだ、もうお分かりでしょう。私を通じた賑わいでなくては世の中を捉えてるとは公言できないのですよ」

 しゃべったら喉が渇いた。coffee(コーヒー)が口を潤してくれたらと思う。移動用に魔法瓶を買おうか、店主はにぎわう列と閃光(flash)とざわめきと劈きに目もくれず足を進めた。雨よふれふれもっとふれ、空に願った。