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「はい」か「いいえ」5

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「凶器を犯人が持ち去る、行方は像録機(camara)が追いきれず途切れてしまった。目撃者は二名で地下道から見上げことの惨劇を目の当たりにした。けれど、犯人の姿は見ておらず、逃走する犯人らしき姿も覚えがなかった……。S駅で起きた事件なら私知ってますけど、うちの店に関わりがあるとは到底思えないのですよね。店長だって私の意見に首を縦に振ってくれますよ」お手上げ。投げやりな言い方はかすかな同意に賭けた。店長(このひと)の同意は目の醒める走路流麗(record line)を遥か置き去りにするのさ。

 無表情、店主は心がけた故意に受取ることが願いのようだ。音が低い女性の声で私色(いろ)を戻す。

「S駅を今一度観測し直しました。ここへ来る前です。方々に向うばらけた人通り、通行量も多い。地下道と改札の地上両方を指します。首と右前腕が切断、右腕を切断後に首を撥ねた、鑑識が追加した見解です」

「刑事さん、私の話聞いてます?」小川の質問はもっともだ。店主は言う。

「『はい』と『いいえ』についての説明がまだなされていません」

「世間で流行を博す口腔巡合(food pairing)という食べ合わせ、含有成分の重複をおいしさの新基準に定めた科学的な取り組みをご存知でしょうか?」

「知ってますとも、嫌というほどね」小川は鼻に皺を寄せて柔焼菓(sponge cake)を噛み千切る。

「この店の通りの角、S川沿いの通りに面したtall building(ビル)一階の店舗『PL』が本拠地の口腔巡合(food pairing)理論を展開する日本正(にほんただし)という人物が、『する』と『ない』に準じた行動理論にのっとり店舗の拡充にまい進をする。すでに市内で十数店舗、中心部の近距離に五店舗がひしめく」種田は僕のみが理解に特化した言い方に徹する、小川が苛立つのもわからないでもないが彼女に合わせてしまうと一喜一憂、話が寸断されてしまう。それを見越す刑事の技量は伺えた。小川にとっての不誠実であり、僕にとっての配慮。店主は質問・疑問は適当な間(interval)を見つけて問いかけましょう。椅子の背もたれに、預(まか)せた。足を組んで先を促し。種田は事件と日本正の関わりを紐解く。

「同時期S市内で起こった奇怪な出来事がこの二つでありました。私は世情に疎いために情報の取得に遅れるも捜査(しらべ)には適していた、街中の橙色(オレンジ)と緑色が増えたよう街を占める色調に違和を感じる。広告のような働きを植えつけていた、通行人、労働者たちの脳裏にそっと居座る潜在伝言(subliminal)とまで行過(いき)ませんが、無意識下に働く仕掛けは目に見えて明らか。もっともそれは市内に出入りする回数が多ければ橙色(orrange)と緑の幟(のぼり)や傘が増殖(ふえ)た程度で気にも留めない。これに対し衝撃胸中(sensational)ともいえるS駅構内の殺人は一火(いっか)盛り上がりをみせた。そちらの店主さんは例外としても、従業員のあなたは事件について知っていた。おそらく事件の翌日、午前中には全国民の大半が知りえていたでしょう。駅の封鎖も部分的に二日から三日、完全撤廃には一週間後でしたから」

「つまりようするに、何でしょうか?」小川は先を促す。もじもじとじれったい動き、肩を揺らす。

「『PL』の店主兼店員である日本正は既婚者です。奥さんは自宅で専業主婦されている。以前は日本と同様研究者として企業の食品開発に従事していた。結婚後離職、子供はいません。近隣の住人がそれらしい子供を見かけた、との証言は得られませんでした。またここ数年奥さんの姿を見ていない、以前は朝方高層型集合住宅(mansion)の一階のごみ置き場ですれ違うことがあったが、ぱったり途絶えた、と安否を気遣う口調でした」

「どうして『PL』の社長を執拗に調べるのか、私にはさっぱり皆目見当もつきません。だって、殺人事件とはまるっきりの別件だって素人の私にでもそれくらいの分別はついてしまいますよ。おちょくってますか?」

 あきれ返り、それすらも通り越す種田の態度は一見感情の揺らぎに欠けた冷徹、という印象を与えるも、実際対する者によっては用意周到下見を済ませた人物とありあり映る。店主は黙って煙を吸い込み、またまた話を先を促した。

「目撃者高山明弘とその証言を調査に不審な点が見つかり、それらが日本正と繋がるのです」

「それら?複数ってことですか?」と、小川が問う。彼女の手元の柔焼菓(sponge cake)は半分に消費、歯型が残りのスポンジにくっきりのこる。店主と種田の聞き手はfork(フォーク)と縁遠い、主眼はどちらもcoffee(コーヒー)の相伴に預かれて満足なのだ。

「言葉通りです」息が口の端から漏れる。「それ以外の意味があれば伺いたいものです」

「不審な点は大ぁ体一つですよ。ねぇ、店長?」

「転(・)は一つ。だが、目撃者と証言の二点を挙げているので、小川さんの正当性は認めにくいね」

「よろしいですか、続けても?」種田は端的に自らの意見を告げる。反感を買う理由(わけ)を他人を見て店主は学べた。自分はこのように映っているのか。

「、どうぞ」店主は灰皿を引き寄せた、脇の筋が程よく伸びる。小川が取ろするのをきっぱり制した。腰を浮かせた動作を億劫がる年齢でもないのだ。いっそのことだ、店主は決断を下した。女性刑事との対話を昼献立(lunch menu)の創造にそのまま宛がってみよう。他人の思考過程(process)を摂取、多様な道筋(route)開発の一躍を担ってくれるだろう。陥りがちな再々踏襲(pattern)の解消に役立てる、店主は種田の発言に野菜やら肉やらの食材を彼女は背後に浮かべた。

 早口を仕舞い、わざと種田はとつとつ応えた。

「事件当夜東中央広場(concourse)の殺害現場へ通じる北口は点検整備のため数時間前から、戸(door)の開閉は西中央広場(concourse)側の扉一枚、左右の二枚戸が開閉可能であった。点検を請け負うメンテナンス会社は駅の指示通りに西中央広場(concourse)に近い戸(door)を開け作業に従事。一方駅側の言い分は最も東側の扉(door)の開閉を望んでいた。ここで互いの言い分は食違い、。南口を基点に駅前通りが走る、地上を歩く通行人はここから駅に流れ込みます。職場tall building(officeビル)や繁華街も近い労働力が結集する、当然終電間際に駆け込む場面は予測されますし、現にそういった光景は頻繁に見られるとのこと。ですが事件の日、南口の東中央広場(concourse)を終電間際に通過したはずの乗客は現れませんでした。目撃者はたったの二名でしたので」

「西中央広場(concourse)は駅前通りを外れる区画(block)が出迎えます。夜は東中央広場(concourse)を通る人が多いんじゃないんでしょうかね、私はいつも地下鉄でS駅の電車はたまにしか乗らないですけど、そうだ、西側は地下鉄の自動階段(escalator)に乗りますよ、乗り継ぎのお客さんが利用するんですよ」忘れた映画俳優の長ったらしい名前を思い出した優越感に小川は浸る。満足げに、首が前後に起き上がりこぼしみたいに規則的な反復運動。両手で摘む柔焼菓(sponge cake)は包み紙を残す。買ってきた人物は彼女、支払いはしかし店主が持つ。円卓(table)に用意された残り二つの柔焼菓(sponge cake)へ小川の狙いを定まるか。少し待つ、店主は円滑に議題を聞き終えるまで小川安佐がでしゃばる場面にと、黙らせる自らの柔焼菓(sponge cake)を食べずに残(おい)た。

 白いつるりとした表面の陶器、灰皿を叩く。灰がほろリと塊で落ちる。 

 そういえば、灰皿は年代物という見方が正しいのか、古さは二百年ほど劣る亜米利加製の品物だ、裏側に製造国の印字がある。

 種田はcoffee(コーヒー)を口に運んだ、断りを入れて含む。私との関連と私への推理の依頼の両方をこの女性は欲するのだろうな、店主は背筋の伸びた古めかしい(classical)な女性用の一揃え(suit)に身を包む刑事を見やった。伏せた彼女の目が言った。

「東中央広場(concourse)の真下、駅直結の商業tall building(ビル)との境目、以前の地下街との間、緩やかな勾配に差し掛かる煙草の自販機のあたりで清掃車が大量の汚水を垂れ流していました」

「汚水?」柔焼菓(sponge cake)に目を奪われる小川は一瞬、種田を盗み見てまた円卓(table)を見つめる。

「汚水大容器(tank)の亀裂から約百二十㍑が流れ出た。床一面は水浸し。清掃車を操る清掃員はとっさの判断で床の水が及ばない区域に清掃中の立て札を等間隔に設置、応援が到着を緊急用に積む吸汚水毛束(mop)で急場を凌ぐ対処にあたった。当然ながら通行人一人たりと通すことはままならなく、水浸しの一床面(floor)が地下道を寸断していた。清掃を請け負う明和谷(めいわだに)メンテナンスは従業員十五名の中小企業で事件当日は朝の業務連絡会において『ある(・・)は賞賛、ない(・・)は罵倒、と各自が一人前の仕事をこなすべく、まい進しなくては同業者に仕事を奪われる。ついては、個人の仕事人として意識をより高く保つ、これが会社の存続と拡大を生むのである』、と従業員を叱咤激励する。これにより清掃に当たる従業員は自らの落ち度を同僚の手を借りて、社長への報告をもみ消そうと画策をした」「ほぼ完全に事件発生時刻前後S駅への地下道は寸断をされた」

「それじゃあ、その清掃の人が目撃者を見てはいませんかね?」小川は上目遣い、前のめりは態度と心持の両方、素直な問を言ってのける。

「見てはいたでしょう」、小川と意見の合う。自らの分身と錯覚したがる他者へ欲する内を認めるもう一人の外部は己を言うのではない。淡々わけを種田は話す。「その事実以前に、目撃者が立ち止まる数m先の傾斜へ改札に繋がる階段及び自動階段(escalator)側からほとんど乗客が降りてこない時間帯を、清掃人は熟知していた」二人、限られた目撃者の数は妥当である。小川の目がぐるぐる、釣られて腹の音もだ。

 ここで店主が口を開いた。糖分の足らずに催促は先、小川を助ける。「駅に到着する車両の本数が少ない」

「清掃後は取りきれずに水分が残ります。転倒を誘発する恐れを極力排除しつつ、もう一つの懸念である清掃後の歩行者による汚れを特に重要視しているようで、東中央広場(concourse)に近い地下鉄T線は、地下鉄N線よりも最終電車の発車が早い。よってT線、地下道、東中央広場(concourse)を先に清掃し汚れの再発を最小にとどめ、T線を片付ける」S駅には鉄道はJR、地下鉄は二路線が走る。

 個人的な動機、事件と無関係な諸事情を関係者が抱えてその公開を遅らせる。早期解決を遠ざけたありがちな事件の流れであった。店主は煙草を一本吸いきった。もう一本に火をつける。小川がこちらの動向を張り巡らせた意識によって気づけ、と体内では大声で呼びかけている。まだ早い。店主は緩慢な動作を意識、頭上、天井に嵌る空調機の切隙間(slit)めがけ煙を吐く。『ある』と『ない』が事件と角の繁盛店を結ぶ鍵、というには少々持ち駒の不足が顕著に思う。店主は目を細めて耳を傾けた。

「目撃者はそれで見たんですか、見てなかったんですか?」と、小川の切迫した音声。話の流れに柔焼菓(sponge cake)の御代環(おかわ)りが混ざる。

「駅職員と警察が目撃者を見つけた状況は改札に通じる階段と自動階段(escalator)の先、地下道を直進した数mの円中空形長椅子(sofa)で発見。ですが死体を目撃したとされる高山明弘の所在は現在明らかとは言いがたく、本人と連絡は取れる。ただし、直接私たちの前には姿を見せてはいない」くっと、女性刑事の目色が変わった。「当人とは幸か不幸か連絡は常時通じてしまう。いっそのこと警察を避ける動きを見せれば、拘束を視野に任意同行の許可礼状が下る」

「犯人または共犯の疑いを掛けうるだけの証拠を取り揃えてようやく、直に事情をきける」店主が種田の言い分の先を読む。

「お二人ともですよ」小川は傾けた首、人形のように瞬きを二度。口調もどことなく片言によせる。「目撃者高山明弘サンガ現場ヲ逃ゲ去ッタ犯人ダ、ト検討ヲ立テテイマスカ?」首が反対、窓側に傾く。

「もう一名の目撃者が高山明弘が現場にいたことを証言しています。ただし、信憑性は低いでしょう。目撃者の坂上貴美子は意識をなくす酒量を摂取、泥酔の末地下道の円中空形長椅子(sofa)で発見され、翌朝駅構内の休憩室にて意識を取り戻し警察の聴取を受けた。夢かもしれないが、という前置きに続けた事件の目撃談が打ち明けられた。立ち止まる高山明弘と彼を追い越したのちに、ふと見上げた天井のacryl(アクリル)板に突っ伏するは死体に悲鳴を上げ意識を失った。どうやって円中空形長椅子(sofa)に移動したかは思い出せなく、やはり夢であったのか、と駅職員と警察に尋ねたぐらい、はっきりと覚えありと抜け落ちた箇所両方に彼女は再燃を恐れていた」

「南口の出入りは詳細を語られずに曖昧さばかりを残す。なにか意味があるのでしょう?」店主は煙を吸ってきいた。ほんのわずかに種田の上体を後方へ反れる。ようやく明日の材料を揃えたと、いったところか店主は指先柔焼菓(sponge cake)の包みを小川に押し出した。瞳に光を取り戻す彼女は、胸の中心に指を刺して、一度は拒否をありえませんという表情を作ってそれでも勧めるならばと、いそいそと包みを引き寄せ大きな一口に頬を美味(おと)した。彼女の向側(むかいがわ)へ座す種田も柔焼菓(sponge cake)を押し出して、店主に言う。

「いつもの非協力は打って変わる、。 私にとっては勝手がいい、問わず、このまま続けます」種田は上半身肩ごと店主に前体を向けた。正面の小川は眼中にないのだ、という意思表示。当の小川は甘い洋菓子に夢中。彼女はそういえばいつもなら昼食を食べている時間帯である。これで食事を済ませる魂胆らしい。二十代の体は燃費の良さ、というよりか保守点検(maintenance)時期の遅延が許される余力と長時間の高効率が経験者の見解である。

 無関係な考察にしては割合引っかかりもなく思い浮かんだか。食材を揃えた安心感といえるのかもと店主の及ぶ考え。言ってばかりだ、出力はほどほどに限る。

「北口東中央広場(concourse)の戸(door)が閉まってて開かずに西まで走って電車に乗ったと利用者の証言は得られ、南口の利用に関わる不審者や通行を妨げる障害物等は一切聞かれていない。いつもは利用するはずが、なぜ事件当夜の駆け込みを躊躇ったのか。酔成分(alcohol)を飲み朦朧とした意識の通行人はかなりの数が南口を通ったはずです、高架下の飲み屋街に駅舎tall building(ビル)を挟み両構え、金曜の夜はしかも月末。憂さを晴らす絶好の日取りにしては、辻褄が合いません」

「刑事さんはその情報を僕に伝えて他力に頼り、事件の解決を図る目論見ではありませんね?」彼女は仮定を携え、構築しているはずだ。だからこそ店を訪れ状況説明に打って出た。確証を得たいがため。それらしい回答にはたどり着くが、押し切る一手に躊躇う。いや、確証を頑なに守るのだろう。刑事としては、正しい。とはいえ刑事が責を追うそれは庶事である。、さて組み合わせの段取りに、店主は灰皿を叩いた。

「そういえば店長、雨合羽(raincoat)の活動仕女(career woman)が凶器にknife(ナイフ)を使ったとか何とかって、おっつほっつほっつ、げほっ、言ってませんでしたかいな」喉に詰まる水分を吸い取る柔焼菓(sponge cake)の欠片をcoffee(コーヒー)で流し込む、小川は死ぬかと思った、呟くと同時に、立ち上がった種田が円卓の縁を腿で蹴り上げる勢いに再度咽た。

「まったくっ。時間を何だと思ってる!なぜ今まで黙っていたのです!」

 いきり立つ刑事に店主はというと、程よく冷めたcoffee(コーヒー)を香りと共に含み、告げた。

「私の役目は食事を作り胃袋を満たすこと。傾聴はあくまで付随、しかも私から意見を述べるなどとは、本来あってはならない行為なのです」店主は腰を上げて前掛け(サロン)の皺を伸ばした。小川を瞥見し種田から視線をはずす。「食べるものを作りましょう。何かしら見繕います。見落とした切れ端、断片を集めれば、もしかすると意外な組み合わせに出会えるかも、出会ってみてはじめて。、わかりませんからね」