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「はい」か「いいえ」6

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 常人の発想は疑いようもなく妥当、正当性を帯びる。頚部を胴体から切り離す手技にknife(ナイフ)の適用は短時間における作業に不適格な選択だ。切断面の歪みのない均一な面、傾斜は一撃による製品、作品と呼べる。手入れされた包丁はスムーズに肉の繊維をぺろりはらり分断せしめ、細な歯こぼれのものと比して加減は明瞭な結果を目に写す。

 knife(ナイフ)とはいえ食握刀(clutlery)の切れ味は料理に押し当て前後に動かし切り離す、人体のそれも胴体や大腿部に続く太径は頚部をだ、切り落とせるとは物理的に不可能であるし、なにより刃長は首の直径を下回る。

 今回ばかりは他人の助けを借りないつもり。『エザキマニン』訪問は、『PL』との関連に疑い持ったからで店主の推理を拝聴などという予定ではなかった。というのも、市内に新店舗を拡充する『PL』の出店先がへの地下鉄大通り駅、S駅、駅前通りとS川通りのbus(バス)停、四丁目の交差点西の市電と、お客が足を運ぶ交通機関は乗り場と『エザキマニン』との中間に建つ。一店舗目は角はS川通りに面する、四丁目の角の巨大画面(screen)を掲げるtall building(ビル)一階に二店舗目、三店舗目を中心街を離れた高速路乗換(interchange)の入り口に隣接する平屋建ての大型用品店(スーパー)の一角に、四店舗目再び中心街に包囲網を形成するは細い通りに面した服飾(fashion)tall building(ビル)『ポロコ』の一階へ目下交渉に当たっているとのことだ、地下からの流入がこれで止まる。

 『エザキマニン』を訪問した理由はこればかりない。部外者による事件の解明を可能な限り避けるべきが警察官として果たす責務と、彼女は真っ正直に信じる。

 出来合いの料理が運ばれた。濃緑色の甘藍(キャベツ)と挽肉の炒め物。まかない用に取り分けていた通常は破棄する芯部へ覆いかぶさる盾の外葉と挽肉は上肋前腰(ロース)用の豚肉を細切れにわざわざ刻んだ、店主が長尺対面台(counter)の食台(table)に運ぶ。もう一人の小川という従業員は休憩に入ったようで、入れ替わりに背の高い従業員が石釜の横でせっせとpizza(ピザ)生地だろうか粉末状の穀物を焼き物を造る一過程か、捏ねている。

 種田は厨房に戻ろうとする店主を呼び止めた。しかし、口をついたのは小川安佐という従業員が漏らす昨日の出来事、雨合羽(raincoat)の女性が大立ち回りを展開した内容だった。被害者の借家についてを話そうとしたのに、つい意識がひとりでに歩き出してしまった。

「競売(auction)に出品するほど高価な食器類を、前所有者は手付かずのまま売り払ったのでしょうか?」

「どうでしょうか」店主は怪訝に思案顔をこさえる。「不動産屋曰く店内の装飾品込みの購入希望者が売却の条件だったようです。よう、とは賃貸契約の店舗利用は考えておらず希望条件の購入を告げ交渉を進めましたので、後日そのような条件提示だったことはそれとなく、それでも去年の改装のときに聞かされたのです。購入が前提、それは店内の装飾品の売却費を店舗の老朽化による改装費用に充てよ、と釣り合いを取ったのでしょう。残さずに食べろとは言いませんから、むしろ緊急の用事で飛び出してくれたほうが、こちらとしては仕込みに専念できます」

 店主はちくりと邪魔者扱いにこちらの存在を転じた。事件に興味を持つ小川は休憩に入った、早々長居がまかり通る環境は過ぎ去っていたということらしい。だがまだ不十分。種田は用意された甘藍(キャベツ)の挽肉炒めの食べきる刻限を退出と定めた、それ以上の滞在は次回頼らざるかもしれずの訪問にだ、首を絞めることになる。無論、事件解決の見事な推理に耳を傾けるは、あってたまるものか。私が解く。箸とfork(フォーク)、零点五秒悩み箸を掴んだ。そう、一口ごとに食べる姿を見せ付け、咀嚼音を聞かせる。そうして長尺対面台(counter)越しに質問をなげかけるとしよう。不本意、あってはならない行為。だが、種田は本心を両膝で床に押し付けて身動きを封じる。治まれ、ここは堪えろ。

 仕込みに戻る店主に問いかけた。

「knife(ナイフ)で人を殺した、首を切った、これはS駅の事件と重なりますね」

 数秒遅れで声が届く。「私を陥れるつもりでしたらそれなりの理由が必要だったとも考えられます」

「雨合羽(raincoat)の女性は犯人ではないとおっしゃるのですか?」店主に事情を打ち明けることで疑いをかける。つまり、陥れるため雨合羽(raincoat)の女性は一手間店主に事件の発生を知らせ関連性を疑い罵倒しようやく完結の体をなす。

「いいえ。私は事件を知りません。言えるのは、あの雨合羽(raincoat)の女性が店の食器の希少性を知覚していたこと。数点の食器が店内から持ち出されていたこと。要するに許可なくいつの間に食器を売り払ったのですか、という言い分だったのでしょうね。犯人か否かは知覚に適わずでしょう」

「この店のknife(ナイフ)が凶器に使われた殺害を、女性は仄めかしていたようですが、それについてはいかがでしょう」種田は回答前に食事を口に運ぶ。料理に優劣はない、白か黒、彼女の判断はコンビニや食堂など食べ物を前に迷う無駄をどれだけ省いたことだろう。とはいえ食べるに適する舌は不幸にも備え、炒め物は毎食でも食べられる。

「頚部を切りつけるには十分でしょう、肉や魚も押し付けて切っていますからね。わかりきったことだ、それを除外するとして思い当たることといえば、『はい』か『いいえ』で答えるようにとは言われてました」

 またこの単語(word)だ。時々姿を見せる。午前中の解剖施設、その前は『PL』の日本正が『する』『しない』と雑誌記事で語る。そして雨合羽(raincoat)の女。いつもなら呑み込む咀嚼回数に達するまで止(や)めようとして、止まるなら世話が無い。、飲み込んでは考えが一まとめに食道へ流れてしまう危惧も正直あった。考えを掴み取る場面はその場じっと立ち止まり、降車駅を降り過ごす。出勤時には振り切ってでも降りるが、考えに囚われると以前は見境なく日に限らず駅を見送る。そのため種田は今でも二本早めの電車を選ぶ。

 『PL』は鈴木が担当して調べる手筈であるものの本日署で留守居番のため情報は明日以降にずれ込む、早くて午前中の通知か、しかしそれでは遅い。種田は次の訪問先を脳内、予定を書き込む。

「店長、pizza(ピザ)生地ですが、予約のお客さん用に数枚余分に作っておきました。問題ありませんよね?」背の高い館山リルカという従業員が店主に仕込む量を尋ねる。低音に傾くしゃがれる二歩手前の声。多少忘れられた存在に、退出と邪魔者に近づく外堀を埋められつつあるらしい。わざと音を立ててバリバリ、彼女は甘藍(かんらん)を噛み砕いた。挽肉より染み出す調味料(タレ)と混ざり肉の味。食べ物とは食感である、そんな話を聞いた。単なる栄養補給ではいけないらしい、生きるため美食家(グルメ)を取り締まるべきではないのか、山に分け入り毒性の茸を食する中毒が命を落とす事態は減らせるのだし、まだ見ぬ食材に過敏な体の働きを見出した根本は様々な種の摂取とその不適当な量にあると思うのだ。

「館山さんの判断に任せるよ。尋ねた、いくらか生地の不足が頭よぎったその感覚に頼るべきだ。余ってしまう懸念は無用。弱腰に走った場合は僕が止める」

「はい」

 師弟関係。物を教える立場。日本正が作る料理を人は最先端と呼ぶ。種田は自動化した右手に任せ食事を入り口に運ぶ。異端児、破壊者の名称も目にした。彼女は仕事と割り切り縁遠い低俗な雑誌に買い漁った。私物として経費の精算でははじかれる恐れを諸共せず、ありったけの冊数、一度に二十数冊を精算場(レジ)に持ち運び、店員には日本正の愛者(ファン)と認識をされただろう。高山明弘の貸家にて意識を失った早朝だったか、種田は失態の朝を思い出す。

 医師の診断は正常で特に異状は見当たらず、気になるようであれば精密検査受診(うけ)られるという計らいはきっぱり断った。過労、体調を崩しやすい季節柄、特殊な環境と緊張が悪影響を及ぼしたのでは、と医師の診断を鈴木が自らの判断よろしく伝えた。車内だった。過労ではないさ。この体は私が知る。

 失踪者の行方、

種田は考えを大胆に飛び越えられる能力を宿す。洋食屋の長尺対面台(counter)に座り事件の概要を語る自分に何度も引き戻り、日本正、その妻、被害者に目撃者の家族、もう一人の目撃者に『はい』『いいえ』と『する』『しない』。

 情報の記憶と整理は人一倍得意であると胸を張っていえる。だが、こと創造の分野においてはどうにも良心や規制が組み合わせに足枷かける。熊田の思考過程を何度試みようと、結果は想像を絶する考えにくい、未踏の境地を前には躊躇い(brake)をかける癖が発動する。策は講じた。しかしそれでも、突飛な発想に徹しきれない私が顔を出す。いつまでたってもこれでは熊田の跡を追って月日が流れる。それだけは避けないと。彼女は早めた。口をあけるため。

「明日の献立(menu)は決まったんでしょうか。それはそうと、新しい青果店は見つかりました?」

「献立(menu)は未定。青果店は目下捜索中だよ」

「前のお店に戻すわけにはいきません?」

「どうして?」

「いや、私から聞いたって言わないでくださいね」

青果店からじきじきに頼まれた。修行の身である館山さん、小川さんにも好きなだけ菜果を届ける。取引を結ばないか、持ちかけられた」

「……店長の前で隠し事は用を成さない。安佐の気持ちを今日ばかりは汲みます」

「予想を言ったまでだよ。館山さんの態度と状況から予測を立てた。事実は君が良心が打ち明けたんだ」

「どう、思われます?私としてはもう一度機会は与えるべきだと。店長の出勤に合わせて毎朝商品を運んでくれていました」

「それが仕事だからね。同種の商品を扱う。取扱う業者は僕たち料理店へほかとの区別を見せ付けて業界内で生き残る。似たような商品を取り扱うように部外者からは見えても専門性の高い商品を扱う業者が近頃一般的(popular)になりつつある。常用(base)の商品を扱う傍ら付加価値や特殊性なる主力(main)を外れた小規模な区分でもって展開をする。のちにそれが主力となりえて専門性を高めた商品群を充実取揃(lineup)、以前は別の商品を取り扱っていた、老舗企業の履歴では耳にする話だろう。ありきたりに偏ると目に留まらず、かといって特殊に走れるのは購入数値(date)の抽出時期を耐え凌ぐ企業の体力が必要となり、それにはやはり数量と定期的な購入機会の構築、僕らと業者との日常的な消費物を取り扱う関係性、この形成が土台になる」

 躊躇は二の次か、館山の反応値(response)は予想を上回る。

「店長と商店の関係はいつごろどのように関係を結んだのでしょう。私の考えでは商店側の働きかけは開店準備の噂や店の前を通り過ぎた視認がきっかけに思うのですが、店長は門前払いに打って出ますし、開店前に店長がぶらぶらと店の前で油を売る姿も不釣合いです」

「配送の時刻、その正確さと配達経路(ruit)を教えてくれた店、それだけだよ」

「配送は業者が勝手に仕込み時間を読む配達だと、私思っていました。違うのですか?」

「『ポロコ』の最上階の飲食店街の数店と取引がある。通りの裏口に冷凍車や配達の貨物車(truck)を内件のときに確認してたので業者を探す手間は正直かかっていないのさ」

「ようするに後ろめたい仲介役に存在価値はなし、ということでしょうか」

「身軽は何ものにも勝る」

「丁重に断っておきます」

「館山さんと小川さんにとっては利がある」

「野菜を一品も買えない経済状態ではありません、比較的店長は給料を奮発してくれますし、仕事以外の支出はなるべく抑えて慎ましやかな生活を送るので、心配するほど食材に飢えてはいません。あの、私はひもじく見えていますかね、そんなに」

「いや」

「出勤の服装は決まってるんです。服はもう少し持ってます」

「身奇麗な服を着る利点は心得ているつもりだよ」

「女性としてはやはり失格なのでしょうか?」

「同じ服、靴、鞄、財布、時計。長年同じものを愛用した場合の微妙な変化は捉えやすい。傷み、穴、しみ、破損、損失、劣化、不具合。一揃え(suit)を着用すると同乗者の視線は減少、顕著だろうね。堅苦しい通勤専用の服を長年着続ける境地を取るか、現状の視線をやり過ごすか。電車のように本数の少ない通勤手段では視線は集まり、数分間隔の地下鉄であるとするとかなり軽減される。今でもそれほど見られてはいないと思うけれどね」

「店長、今日は饒舌ですね」

「しゃべる、ということは他方の問いかけには応えられない」

「あーあ、……なるほど」館山と視線が交錯した。無礼な感嘆の声を上げたことは当然だ、といわんばかり。それどころかいい加減席を立ったらどうか、仕込みの時間それも店長と二人っきりの空間を邪魔な突然の来訪がかき乱す。去れ、黒目がちな片目が言い張る。

 食事はずいぶん前に平らげていた。滞在の理由を種田は失ったわけである。次の行き先は決まっている。次回の来訪に備えて、このあたりが潮時。それに今日一杯が私の単独行動の期限だ、時間は有益。

「ごちそうさまでした」あえて店主の背中にお礼を告げる、浮遊する白い粉の飛散の中心に立つ従業員とは目を合わせずに、ひらりと取り出したお札を食台(table)に店主の振り返りを待って皿の横に置いた。風で飛ばないよう皿を咬ませる。『多いですよ』、店主の呼び止めには応えなかった、次の来店でおつりを受け取れるだろう。あの店主は無用な接待を嫌う。

 なにやら通りが騒がしい。

 刑事の勘をさておき種田は靴を鳴らした。