コンテナガレージ

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役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 1

 夕方の帰宅混雑(rash)にcoffee(コーヒー)豆が間(まに)合う、客の切れ間を縫う樽前が配達のお礼にと午後八時頃coffee(コーヒー)を従業員それぞれに手渡した。厨房に踏み入れた時機(とき)にと彼の打診、本日閉店後の会合に僕は了承した。場所は『エザキマニン』に決まる。現在店内に一人、店主は紫煙を燻(くゆ)らす、食材を当日仕入れた短時間の完成、想像力は鍛えられた、そろそろ一昼夜の手間と時を要する料理を取り入れるとしようか。店主は咥え煙草で清算台(レジ)下のPCを取出すと目ぼしい業者を選抜(list up)した。取扱いを売込む予約(アポ)なし営業臣下(man)の名刺が数百枚と呼び起こされた、名刺はその日に捨ててしまうが名前と顔と名刺それらを収める一枚絵は消失を意固地に拒む、厄介な脳機能である。対話を求む電話受付けのみを明日に回し、取扱い品目の詳細とおおよその配送時間に加え、打合せは早朝か仕込時(idle time)もしくは深夜を厳守する旨を電子典使(mail)で送る。返信は一両日から今週一杯を期限と定めそれ以降の訪問・提案は双方の利益如何を問わず受付を拒否する、とも書き添えた。

 食卓を灰皿ひとつに、二本目の煙草の二口目に会合の訪問客が姿を見せた。

 かと思いきや、見知らぬ男性がにこやかに厨房の灯元照明(down light)に左半身を黄穂(こうすい)色の光浴び陰影をくっきり顔や体躯に刻んでいた。帰宅途中それとも出先で偶々(たまたま)電子典使(mail)を開いた業者だろうか、店主は注文の品を待ちわびるのではない、本日営業はとっくに終えた、そう男性に教えた。

「A&R商会の橋口と申します。取引のご要望はお早い方が今後の永きに渡るお付き合いには必要不可欠だと思いましてね、はい」ねっとり話す。ねずみ色(grey)の帽子を浅く被った装いは古い映画に出てくる裏界結社(mafia)、冴え冴えとした空色の背広に同色のネクタイを締める。

「催促と解釈されたのでしたら、申し訳ありません」店主は交渉の場を降りた。「明日の早朝か昼食(lunch)後に出直してもらえるでしょうか」

「あなたはお一人で幾分寂しげに喫煙、どなたかとお約束ですか?」答える義理はぎりぎり生じていた、自ら播いた種。

「ええ、打合せを」

「それではお揃いになるまで」男性は客間(hall)の段差を上がって、「暇を持て余す。突然の訪問者に警戒心を抱くそのお気持ちはぁ量りかねますな。身分を証明する名刺をこのように」男性は指先に紙を登場させた。手品(magic)である。「さあ、これで私が不審者から交渉に足る仕事相手に昇格しましたでしょう?」暑苦しい顔が近づく。香水、柑橘系の香りが男性の周囲五十cmを取巻く。

「手ぶらですか?」店主は訊いた。

「今、なんと?」互いの間より食台へ移る名刺に気を取られる男性。

「取扱い品目を参照したい、これが私の要望です。あなたはしかし、携行品を持たず両手が空手(free)だ。PCなり書類なりを収納する鞄の類を持参、ぶら下げていないのか、という質問です」

「しまった!ええっと、私はどこにいましたっけ?」座りかけた男性が慌てふためき、突風に飛ばされそうな帽子を両手で持って、押さえる様。

「私はあなたではありません」

「打ち合わせのお相手は……まだ到着されません、お待ちくださいね、ささっと取りに戻ります。会社ですよ、きっと。その辺の野外置長椅子(bench)に置き忘れるものですか」男性は扉(door)で振り返る、いちいち芝居がかった動きである。「必ずやあなた様のご要望に副える商品を私どもA&R商会は取り揃えてご覧入れます。損はさせません、ご契約の準備に取り掛かるがよろしいですよー……」店外に消えた。反応の速さから察するに、橋口なる男はこの店の動向を見張っていたのかもしれない、店主はあっけなく燃え去った数分を憂い、指の間に挟んで二回吸い込んだ。

 coffee(コーヒー)を求めた矢先、今度は叶う。数秒前も叶っていたが種類、合時(timing)を同列に扱ってはいささか困る。液体を差し入れた者が本来対するべき相手、閉店後に居残る理由なのだ、間違っても警察の登場を待ちわびてはいない。しかし、報道後の来店はありありと映像が浮かんでいた。

 夕方、夕食時(dinner time)から一時間ほどで雨の勢いは弱まった。斜向かいの『coffee(コーヒー)スタンド』は活況に湧いた。中心街の二店舗の閉店と通りの賑わいを担う『PL』一号店は昨日から臨時休業が行列を好む通行人の目に留まった、と僕は思う。

「どなたかお店から出てきましたね、僕って迷惑をかけてます?」開口一番、樽前の眉間に皺が寄る、心情を表すには手がふさがり心掛けて、過言は控えた。彼は紙袋を抱えて来店した、蓄積する疲労は顔に影となって刻む。

 coffee(コーヒー)だ、差し入れをありがたく受け取る。

 円卓の対面に感嘆が洩れ腰を下す彼は、無反応な店主に申し訳なさを見出した。「店長さん、予定があるのでしたら僕のは明日でも、『ブーランジュリー』の店長さんに予定変更を告げる役目は僕が引き受けますので」

「取り急ぎの用事ではありません。明日明後日の予定をあちらの都合で訪れた、手は空いています、しかし突如訪れる訪問には不適切な時刻を回った」

「はあ、それなら僕も気が楽です。あっ、どうぞ飲んでください」樽前はcoffee(コーヒー)を勧めた。三杯の猶予を残こす営業の終える淹れた時間外の労働、一時を除く日中絶えず抽出(すいだ)した器具を片付けて、冷めた温度は非常に好都合である、店主は作りしなを数分待ち口をつけるのだ。湯沸かし器の清掃方法と内部の仕組みこれに給水が、思い浮かぶ。余計な脱線はすでに遅く考えは走る。水道水を使用すると塩化石灰(カルキ)を抜く作業が付きまとう、水の良し悪し水質の変容はcoffee(コーヒー)そのもの味を左右する、特殊な洗浄液などで水を貯める容器(tank)を洗うのだろうか、路店の排水設備は不十分に思うがこれいかに。店内を映す、食品衛生上手洗い場の設置は例外なく義務を負う。深口(sink)は最低でも二つ設けるのだが、店先より二つともが未確認だった。予想するに店主の腰骨や下っ腹の高さに姿を暗ます、もう一箇所は店主の右手、我々お客たちの左手列が伸びる方(かた)は小窓の辺りに見当がつく。店主は不問な考えを払うというよりか考えつくした、が正しい。空腹が思考の歯車(gear)を一段階引き上げた、本来この時間帯の創造は昼食(lunch)を主題に取上げる、しかも対峙する人物はおらず店内に腰を据えた思案は片指に収まる、厨房では時に夜を明かすことも、この頃は高層型集合住宅(mansion)で陽を浴びる。

 考察。

私の思頭を裏よりぎしぎし圧迫したる輩を一つまとめ一筆書きに仕留め葬るが時期といまとでは、『軽さ』が顕著な現れ。対象物の括りはかつて頻繁に行っていた、そうして捉える対象と分野を広げた。飲食業をまとめた、事件を除くと初めての取り組みであった。絡み合う情報の蔦が要因であったからである、間違っても、よそう。

 こちらを伺う樽前に店主はcoffee(コーヒー)を勧めた。彼が淹れた手土産ではあるが、受け取ったのはこちらであるから『おもたせ』と意味解釈も可能だ。

 しばらくして『ブーランジュリー』の店主がつかつか突っかけ(サンダル)を鳴らし扉(door)をくぐる。「はいるよ」、よく通る声、気が立っているよう聞こえるがこれがいつもの店主である。店主が三人も揃うので『ブーランジュリー』の店主は俗称で呼ぶことにしよう、いつも店の主なら店主と呼んでしまう。

 樽前に先を越された。店主も腰を上げて年配者を敬う。

「ハブさん、どうも御足労を遅い時間に願ってすいません」

「煙草が吸える環境と深夜の静かなひと時。一日で最上の時間帯だけに無駄にはするな、さっさとはじめてくれ」

「やっぱりご立腹です」円卓(table)越しに顔を寄せた樽前。だが添える手を誤り、受け止める掌の窪みは聞かれては困る噂の対象者に向けられていた。彼は少し抜けた性格である。本題へ入った、自らで尻拭う、良い心がけ。

「集まってもらったのは他でもありません、『PL』の対処についてお二人はそのあまり脅威とは感じていない様子は重々承知してますが、ここは僕の顔を立てると思ってどうかひとつ、打開策の新お茶請け(menu)開発に御尽力願えないか、と思い、この場を設けさせてもらいました」

 店主と樽前の間に座るハブが花を摘むように言う。「前置きに敵う無駄があったら教えてほしいよ。あんたの願いを聞くから足を運んでんだ。わかったら詳細をさっさと話してくれ。そうさな、煙草二本が制限時間だ」

「僕は、はい、言わずもがなです。店長さんはどうでしょう、よろしいですか?」

「提案の採択権を所持するのは樽前さんです、現状を打破するに有効な具体案の列挙に私たちは徹します。ハブさんも同様の意見でしょう、決定権はあなたに帰属するのです」

「これはかなり高額な授業料が請求されそうです、はい」取り出した手拭い(ハンカチ)で額の汗を押叩いて樽前は拭う。「早速ではありますが、僕の現状から報告します」

『PL』が開業した週を第一週とし、三から四週目に『コーヒースタンド』の来客数が三割ほど低下した。『PL』との因果関係は明らかとは云えず一過性の現象との見方を強めるに留め、さらなる観測に数ヶ月をと考えていた矢先、一号店のお客から頻繁にcoffee(コーヒー)に合う焼き菓子や甘味菓子(sweet)を欲心する声が上がり、数日店に立ってみた結果北海道の気候は降雨量こそ本州の半分以下であるも五月の気温推移は似ているとの推測は数値(date)を参照し見比べて確証を得た。圧迫こそ内地の人に言わせたら過ごしやすい、口々ですもん観光客は。そこで近場で働くS市内や近郊に住むの常連客は梅雨の鬱屈した気持ちを取り払うに食後の苦い一杯と甘い食べ物を欲しがるのですよ、樽前は力説した。

「ですから、梅雨が終わる時期を前に急遽お茶請け(menu)開発をお願いしたのです。僕一人では夏を迎えてしまいます」

「能力の過信よりは合理的とはいえますかな、ねえ店長さん」、とハブが同意を求める。

「同席を満たす資格不保持の僕が室の提供を差し引いても末席の参加は不釣合いでしょう。お二人でそれは話し合うべきです、なにより洋菓子ついては素人です。それは、洋食についても言えますが」

「お客を惹きつける魅力とは一体全体、その正体が掴めなくなった」ひたと目を合わせ樽前は卓上(table)のスチロール製容器を両の手で組包む。「曲りなりに集客のいろはを学んだつもりではありますけれど、二号店で提供するベーグルや柔焼菓(sponge cake)は大衆的な印象を与えなおかつ毎度お店を訪れる味に素材の足し引きはどうにも同業者と代わりがないように思えて。そこへ、お客の要望が舞い込んだのです」

「つまりだ」ハブが受取る。「短期における爆発力がその後(のち)店の看板代甘(menu)へ移設、君臨し続けるのではないのか。斬新かつ強刻(impact)に溢れていようが名菓(long seller)と呼ばれては認めてやる」

 呆気にとられる、樽前の口が意外を模(かたど)って開く。彼は大げさに異世界より戻る際限のなき首の振りそして、瞬き。「昔から今までの僕を……お見通し、というわけですね」

「打合せとは持ち寄った考えをその場で商品化に値するか否かの吟味の段階なのだ」

「なまじ係わる数が多ければ手を抜く者が必然的に現れる、均整(balance)をとるためでありこれは仕方のない現象。各自が持ち寄る、を会合でどうにか意見がまとまる安住すると看取された場合は危険でしょうね。安易な行動をとりたがる、無難な道、現状打破(breakthrough)の発生は極めて遠のく」結果的に樽前に追い討ちを掛けてしまった、店主は事実を述べたに過ぎないという感覚であった。ハブの思考速度と視点の高さに合わせた、いや合わさったのだろう。

 煙を吸い込んで彼の回復を待った。

「世間の『する』『しない』を店長さん、あんたの店は影響を受けたかい?」灰皿を引き寄るハブが尋ねた。

「余波、という程度ならば。染まりたがる人がお客に少数混ざっていたのでしょう。構造を揺るがす影響でありませんでしたね」

「もう終わったような言い分だ」

「いつかは終わるのです」

「たしかに」

「あのう、お二人の会話に僕も混ぜてください」

 樽前の嘆きが扉(door)を開閉の知らせる牛鈴鐘(cow bell)にかき消された。見覚えのある女性刑事種田と従業員小川安佐は店主たちとそっくりに閉店後の店内で何するのだ、という表情を携え姿を見せた。