コンテナガレージ

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役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 2

「coffee(コーヒー)は私が淹れます」coffee(コーヒー)豆が選ばれ倉庫の棚に並びはしない。半端な飲み物の提供は避けたのである。小川は即席(インスタント)の粉末を携行するのだろうか、店主の考えはとんと及ばない。

 靴を鳴らして段差を上がる種田が彼女等の事情を述べた。「お時間は取らせません。取り込み中でしたら順番を待ちます」

 事情は立込む運命にあるらしい、店主は樽前の隣を勧めた。互い自己紹介を済ませる。樽前に誘いを受けた『ブーランジュリー』の店主ハブは種田に熊のような掌を浮かせる。

 店主の右に種田、ハブが座り、ひとつ空間(あいだ)を置いて樽前。

「込み入ったお話であれば、長尺対面台(counter)席で待たせてもらいます」寸断させた会議に種田は只ならぬ気配を察知し、気を利かせる。

「お二人に差支えがなければ、断る理由はありませんよ。お願いする立場ですから」両肩の豪(えら)く竦めて樽前の細身、骨ばった体型が透視(みえ)た。

「私らは助言(advice)を送る、実行役は彼だ」、とハブ。煙草(ひとはこ)の膨らみは優に半分を消費する。

 店主に視線が集まった。接待役(host)と進行役を僕が兼ねるらしい、乗り気のしない役割を店主は由々しき事態だが致し方ないと甘んじて受け入れ、勤めることとした。効率がうんと高く摩擦が軽減された選択。

 小川が訳ありであろう戦利品のcoffee(コーヒー)を運ぶ、出し汁(soup)用の飲み口の厚いマグカップを種田の前に置いた。席は店主の左に座り、隣の円卓の椅子を引きずる音が響いた。店主はその合図に乗る。

「、甘い物を欲する、既存の選択肢にお客の目が慣れてしまった。唯一無二(original)は到底望めない、また私たちの一実例(model case)のそのままの登用とは対極の至上命題を、樽前さんはあえて貫く構えだ。うーん、新も旧も商品は唯一無二(original)の踏襲と寄せ集めによる構成がほぼすべて、世の内(なか)へ出尽くす。調理法と調理過程の工夫が驚きを誘う違えたを差異を生出(うみだ)す。が異分野の組成(idea)を引っ張り調理に当嵌(あてが)うのが関の山。斬新は不快感を隣人に、それでも製品開発を望まれる。まず、手に取れる、coffee(コーヒー)を求めるお客が手を伸ばす造形が好ましい、と思いますね」

「店長」小川が囁く。「深夜に集まって何を企んでるんですか?」

「電車がなくなってしまうよ。終電に乗らないと」

「それは店長だって今日ぐらいは早く帰ってくださいよ。昨日だって居残ってましたもん」

「隠れて観察してたかのような言い方だね」店主は煙を吐く。腕を伸ばして専用の灰皿を手元に寄せた。白い布がかかる調味料を一塊に纏める溝のついた台にぺろり、三つ目の灰皿が見切れる。

「閉店後に長尺対面台(counter)で煙草を吸うときは長引くって言うジンクスです」

「へえ、雨の前に燕が低く飛ぶみたいなことかな?」

「あれはだって、湿度が高くなってミミズや雨を好む昆虫の動きが活発になるからじゃぁ、なかったかなぁ」不確かな発言を彼女は真摯に受け止める、頭を支えて体を内に捻った。

「お客さんに『はい』か『いいえ』のアンケート取ってはいかがでしょう?」正面の樽前はひねり出した考えを勢い良く言い放つ。「世間で流行っていることですし、会計の際にお茶請け(side menu)の『欲しい』『いらない』や『甘い』『しょっぱい』などを尋ねる。一日に約百件として三店舗で三百、二号店はもう少し多いかもわかりません。強制ではないということは最初に言っておかないと、男性は特に犬猿しがちですし会計の短い会話でも引き止める提案は嫌いますからね。そのための持ち帰り(tekeout)でしょうし。……だとすると店内で訊くほうがいいか。いいやだめだっ、路上店が提案をを受けたんだからなぁ……。 ハブさんは厳選した種類の惣菜・菓子麵麭(パン)のみを製造する。あのう、邪道な麵麭(パン)を頼んでも主義というか信念(pride)を傷つけることにはならないんでしょうかね?」

 樽前は引け腰ながら饒舌だ。小川と同じ拍子(rhythm)から音は放つ。節の振れる、地続きであるため楽に聞きとれる反面、希薄が育つ。隣の種田はひっそり静まる、ハブは二本目の煙草に火をつけた。coffee(コーヒー)は飲み干したらしい、急角度に底は天井を向く。

「街の声に応えた成れの果てが本物志向と呼ばれる所謂。本場欧羅巴(ヨーロッパ)の、街角の麵麭(パン)屋に行き着いた。意識したつもりはないのだよ、若者。お客が通う。長年同じ品を買うお客用に適量の麵麭(パン)を作っていた、他のお客が気まぐれで買う分を想定してだ。通常は廃棄される。食事の大半は店の麵麭(パン)さ、白米の味は忘れたよ。、たまにそのお客は人を連れ店を狭さを自慢げに語り、訪れる。一人とはいえ社会生活を営む、中心街に日中いられるのだから仕事で出向くか、勤め人なのだろう。連れはたまたまその麵麭(パン)を口に運ぶ。店があることも知らない人が多い。人の行動範囲はせいぜい半径三百m、仕事に追われては奔走どころか取得のしようもない。要するに私の言い分はだ、ある一人へ積極的に応えた長年の提供がいつ芽を出し定植の叶い摘果するのかは、気まぐれなお客次第であって容易く広範に渡る場合も、十年単位で少一種類(lot)の提供が今なお続く場合もさ。うちの店ではそんな種類の麵麭(パン)が一人にとっては主力商品、他のものには目もくれない」

「まとまっていない様な気がするなぁ」小川がまたしても呟く。

「小川さんつまりね」彼女同様、樽前の理解に苦しむ固く結んだ口元を見て、店主は雄弁抑えた丁寧な語り口。「お客さんの要望が店の振る舞いを変えるのさ。世の中に売られている商品、たとえば樽前さんのcoffee(コーヒー)は求める人のために作るよね。お茶が好きです、という人は店に並ばない。他の飲食店や海苔屋か大型用品店(スーパー)でお茶を買って家で飲む」

「店長、『ブーランジュリー』の店長さんが睨んでます。……私しばらく黙って身を隠します」ハブの炯眼に気圧された。店主が思うに、彼女が持つcoffee(コーヒー)の香りに反応したのだろう。ハブは日に十杯はcoffee(コーヒー)を摂取するという。

「お客さんの願望をそっくり叶えてしまっては有難みというか、『コーヒースタンド』の存在意義は薄れてしまうような、つまりですよ僕が安易に作り出してしまったら埋もれ、そっぽを向かれてかねないのかと……」性格は熟知、だから二人に頼った。樽前の葛藤は手に取るように臆面もなく晒される。彼のこうした純粋さをお客は少なからず立ち並んで購入するきっかけのひとつに据えるだろう、意識、無意識を問わず選択が行われ店に足を向けてしまっている。

 店主は検証前の浮かんだ考察を声に出した。

「あなたはすでに仕掛けてる。『する』『しない』のような規制の罠を」

「僕が?……、言った覚えはないと思いますよ」

「あなたは普段二号店にいますね?」二号店は服飾tall building(fashionビル)の一階に居を構える、昨年tall building(ビル)の改修が転機、全面改装の入れ替えに路店で若中年層人気を博す樽前に白羽の矢が立ったのだ。売上げは現在も好調、入店する他二店舗を大きく引き離す。また一号、三号店に立ったとの目撃情報は逐一聞かずとも小川たちが店主の耳に入れる。

「少人数でもお客を裁ける体制を整えてしまった難点にですね、休憩が取りにくい事情がありまして、けど他の店舗と提供(service)内容に格差を設けてはいません。お客に媚を売っていませんし、ですよね小川さん?」

「はい?」さっきまでは興味津々だった小川は端末に夢中である。画面には自動車走行競(motorcar race)の映像が流れていた。

「お目当ての女性がそれはいないこともありません、てきぱきと仕事ぶりをみせつけてはいますけど、思い当っても笑顔を大げさに振りまいたぐらい、です、か、ね……」擦れた言葉尻、彼の自信が薄れていく。

「はあ、接客態度ですかぁ?」小川は目をこする、単調な排気音(exhaust)にタイヤの軋み(squeak)は眠気を誘うようだ。「……そうさねえ、どうなんでしょう別段意識しませんかね。だから、うん、はい、通常通り、平常運行ですよ」

「ほら、僕は嘘をつきませんって」後述は『皆さんの前で』、といった文言が妥当だろう。がっちり腕を組んだハブの前腕に白い小麦粉が付着し、ところどころに粒の固まり。煙草を咥えた彼は店主へ進行を有無を言わさぬ無言で催促した。

「服飾tall building(fashionビル)の一階それも市内中心部の賑わう環境に比較的若いあなたの容姿と標準的な上背・体格、白と黒の明冥色調(monotone)で統一した制服、新装開店前に加速した味の評判。coffee(コーヒー)の購入ひとつに行列へ並ぶにあたり時間のいたずらな消費と得られる効用を天秤にかける。これらを事前に。並んだお客さんは前もって並ぶ行為を正当化しよう、無意識が働く。コンビニや大手coffee shop(コーヒーショップ)そして購入を店舗内で済まし持ち帰り(takeout)を駐留先で摂取をする一連の活動は、自らの監視では不適切にあたる。もちろん他人のことはどうでもよいと大多数は他人に無関心です。しかし、他人には私事にかまけて関心を払う暇がどこにあると口辺では言いつつ視線はじろりちらり、私がそうだから、だったら私は見られてる、いつの間にか創作手がけた思込みに浸る。つまり、『視認』と『未確認』という構図を樽前さんは作り出しお客はcoffee(コーヒー)を求め、列に『並ぶ」『並ばない』を選ばされていた」

「改善に努めてはいるのです」樽前は心当たりをえぐられたらしく、左胸を両手で抱える。「観光名所は想定外も想定外。朝の早く33出店するdepartment store(デパート)の始業前、実務員(businessman)へ向けて持ち帰り(tekeout)を開示したのが、どうにも観光客が宿泊棟(hotel)からこぞって列に並ぶもんですからね、ビジネスホテルの宿泊客なので、まあ仕事人には代わりないのですがその人たちが観光名所として触れ回ってしまってからは客層はガラリと変わりました。朝は観光客、日中は女性客。どちらも日常性とはかけ離れた層なのです」

「今回の提案は定住民や近場で働く実務員(businessman)が対象、ということだな」ハブがまとめる。

「はい。店長さん、無言で敷いた規制は取り除けるんでしょうか?既存の毎日通いつめるお客を保ちつつという経営はどうにも腰が引けて、どっちつかずは結局お客さんにそっぽを向かれます」樽前が訊いた。店主たちに相談を持ちかけたことは彼なりの英断であった、好況に不満を抱けたことは収穫だろう、店主は液体とそろそろ和解の契り、酌を交わす。

「『PL』は両方、やってのけてるんじゃないんですかね」小川が急角度から議題を突付いた。今度は会合に参加をする声量である。「『する』『しない』をお客に選ばせ、なおかつ都市部を皮切りに今日だって郊外のO市との境界で二軒は見ましたかね。近隣の住人たちにとっちゃあねがってもない環境ですよ。年配の人が入ってきましたもん。たぶん個人個人の味の好みというよりも食べられる食材と使用する調味料に制限があるんですよ、死招止医(doctor stop)、永く生きてると癖が出ますしね体の使い方じゃあ、私たちだって長時間の立仕事でも脹脛(ふくらはぎ)とか片側に体重を乗せたままだったり、反り腰はものの見事に病気に発展します。話の腰を折ったので、最後まで言いますよ、一号店のみ二号三号店ではきっぱりはっきり販売はしないこの店限定の提供品、お茶請け(side menu)だってお伝えするんですよ、間接的にね。そこが肝です。無意識っていうのが話しに出てきたんで、明確をあからさまに避ける意思を利用してやろうじゃないかって天邪鬼な私が機転を利かせたのが、この提案ですよ。つまりはあんまり押し付けがましいのはいけ好かなく目立ちすぎて一過性に終わってしまう、けど継承されたい。そこへ信念(ism)が見え隠れしていたら、自ずと手が伸びる。お客さんに探索の意思をそれこそこっそり植え付ける。無関心な人はそこで去るだろうし、知りたかったら尋ねます」

 女性刑事が入店から二度目の発話を試みた。息を殺すとはまさにこのこと。

「これは新作(menu)の開発会議ですか?」

「そう、まだなーんに決まっていませんから、発案(idea)不足の私はこの辺で黙りますね」、と小川は俯向き、手元の端末画面に戻った。これ以上の攻勢には耐えられないという意思表示だろう。

 またもやハブの視線が投げつけられたか。店主は煙草に見切りをつけて新しい一本に火をつけた。残りはあと一本であった。

 本旨を逸れた。生を繋ぐ路において個人の性格が行儀善く一面ばかりではないのと 同義だ。一見無駄な紆余曲折が後々脇を固める格因子(factor)であったことは経験済み。大して意味をなさかなったことはそもそも思い出さない。それらは占いや性格分析と近似種だろう。話を向けた。煙を吐いて議題を進めた。進行役がこうも難儀とは。現在までの進捗を要約してやる。、そうか自らの拍子をとるための助走であるのか、話が進む。

「一夜で詳らかな規制の正体にいくら迫れるのか。私等には明日も仕事が待つ、早急な対処が見込まれる傍目には順調でも切迫した実状であることは樽前さんの訴えで理解に及んだ。ただしそうはいっても、急激に明日より客足が伸び悩みぱったり途絶える可能性は観光客が触れ回るの旅先の思い出、売り出される観光案内(guide)や個人がウェブ上の感想・書き込み等の更新は早現遅反(time lag)がつき物でありますから、明日または明後日に持ち越すという手立てをこのあたりの時間帯、そろそろ地下鉄の終電が迫る時間を目処に区切り、切り上げるか否か採決を取ってはいかがでしょうか?」

「僕は大丈夫です。体力面はご心配なく、ビジネスホテルに泊まるつもりでしたから。このとおり鍵(key)を持ってます」白いwhite shirts(Yシャツ)は胸袋状物入(pocket)より金に色づく入出板鍵(cardkey)は光り在りと、外灯の埋もれる微光をぴらひら弾く。

「小川さんは帰らなくていいの?」首は数度傾け片目と上半身の傾斜を利用、店主は小川を見やった。見つかった、しまった、というあざとい芝居、彼女はぺろりと舌を出す。

「見つかってしまったのですかぁ。あーあ、私も参加者でいたかったですぅ」頭を通しmessenger bag(メッセンジャーバッグ)を斜掛(かけ)る、恨めしげに彼女はしかと見据える。

「送りましょうか?」種田が述べた救いの手。

「本当に?いえ、いやあ、だめですよ。刑事さんは公務中ですから、警察の手を煩わせてまで送ってもらうというのは罰が当たって文句は言わせてください」否定とは裏腹に立ち上がった体勢は中腰に姿勢が変わる。

「自宅に帰ってもすぐに眠れるわけではありません、こうしてじっと座って会議の終了を待って生体維持(エネルギー)消費を抑える。また車内で仮眠も取れますし、通勤圏内ですと遠くても二十㌔、三十分少々の運転であれば事故を引き起こさず自宅に送り届けられる」

「どうです店長、私がお願いしたのとはまったくの別ものですよ」、やけに楽しげ、小川は溌剌と了承をねだる。あそびが必要なのかもしれない、店主は仕方なく特別であることを強調同席を許可した。

「お話を続けてください」刑事はそういうと、また腕を偉ぶった傲慢ちきに頑固者にあえてなろうかと組んで冬眠に入(はいっ)た。細身の体躯は皮下脂肪の少ない成人男性の骨格、間接照明(ダウンライト)が錯覚を誘発するのかも。ひどく瑣末で瞬間的な考察をそこそこに店主は三度目の複線を果たした。時の認識すら空白を地続きに思込む、さすれば我も断続なる意識を保てよう、店主は仕切り直す。

「では」「お茶請け(side menu)の具体的な検討作業に移りましょう」

 するする立ち上るは生き物、竜のごとき空が地上ならば私たちのようあるべき場所へ惹力(いんりょく)のままに還る。

 毎日死ぬ、そしてがばと目覚(おもいだ)しcoffee(コーヒー)を買う。不確かな昨日を頼りにする。身に浸みた不確実が詰らぬ痕跡を残し辿れる?それは冷酷に言い渡そう、利巧と果たしていえるか。僕は考えていたい。店の扉を開ける意義を、ただ今日の献立(menu)だけを。