コンテナガレージ

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役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 3

「柔焼菓(sponge cake)を一覧(menu)から削除……この場で慌ててもいます。即決は、難しい」樽前は詠じるがよう両のこめかみを挟む、節くれ立つ指はまるで蜘蛛のよう。

「一号店のみです」店主は、樽前の勘違いを指摘した。

「なんだぁ、それならそうと、いやあ僕はまた店の看板お茶請け(menu)と引き換えに新作(menu)を並べるのかと思って、なるほどなるほど」

「まったく話が進んどらん」ハブは無難を毛嫌った。有り様を告ぐ。彼は煙草を切らしたらしく空の箱(case)が折り畳まれ、蛙足その場で跳る。「甘いと一口に言ってくれるな、製法が明らかなものだけで数百種、これを踏まえ新作を創る、既存を知り事前に踏襲を避ける。始まりの狼煙をしかと目視したが、合選(かっせん)はこれから。それに、おまえさんの所へ卸すとなれば量産体制に耐えうる手間という大前提の下作らなくては、体ひとつじゃ身がもたねえ」

 遊戯の楽し苦難は来軟と、高い壁の攻略を捏ねくり回すハブへ、店主は扇風機の首を向けて。 ひっかかる、縫釣(ほつ)れた金糸に余の出現やいつのことであったか。そして不具合をどこに感じたのか、からだ中の環節その先っぽをくいと潜望鏡のよう後ろ苦しい発覚を悟ってぴたり鉤状保つ。更新、小川に習って感覚に従うとしよう。この深夜帯だ、思考力は眺めるがままの下降を止まらず辿どる、低下は目に見えてる、反応に頼る。

「新(あたらしい)、は前例のない初めて目にする物質や現象を指した感想です」店主は樽前からハブ、そして種田を順に覗う。「初体験に驚く外国人、あるいは海外旅行で訪問先の町並みを熱に浮かされたよう見入る、それらはどれも新鮮という意味ではありませんね、我々にとっては毎日tall building(ビル)や電線や過密な運行予定(ダイヤ)を厳守する正確無比の電車や自販機等(など)が意識せずとも日常にある、当たり前の光景です。けれど海を渡った彼等は物珍しさのあまり鎧戸(shutter)をありとあらゆる対象へ切る、同様、この頃食事などは当地の国民にも当てはまり、、変哲のない標識さえ記録に残したがる。これは『新鮮』に近い『新(あたらしさ)』ではないのでしょうか、懐古主義とも換言できるでしょうかね。生まれ堕ち自国文化に晒された者の異文化との出会いと当地の者が一食でも味わいたい一時(いっとき)の異数は、自らを見直すための行い。つまり隔てた時壁は理想とする姿に回帰するためである、彼等は『新(あたらしさ)』と『新鮮』を一属へ仕分けたのです」

指の腹より両目が覗く。「忘れ去られた麵麭(パン)を復刻させる、ということですか?」樽前がいった。

「過去の流りを現代(いま)へ掘起すには相応しい言い訳(story)が入用になる。お客さんは味よりもむしろ精品化する意義に意識が向く。おいしさと並んでなぜそれを手に入れたのか、自省もしくは触回る先の質疑に備えるのでしょう。気遣い、というのですかね、僕には理解しかねますが衆人と接する日常に生きるとそういった個人や所属に対する見え方に注意を払う不快が就纏(つきまと)う」

 咳払い、ハブは僕に煙草を求めた。最後の一本がなくなる。すまない、表情で十分だ、銜えて軽く手套をハブは構えた。

「小川さん。競走(race)に夢中のところにお願いする、煙草を買ってきてくれない?」

「……いいですよ」小川は端末から目を離さず立ち上がる。ぱっと、顎を引き上げた。「あれっ?店長、私と先輩の戦利品は?」忘れていた、煙草を十個一包(carton)ごと貰っていたのだ、二人それぞれから。

「うっかりしてたよ」

「店長でも忘れることがあるんだぁ」小川は微笑を浮かべた。かと思うとおわっ、と声を上げてまた画面の虜に中腰から着席へおもむろに腰を下ろす。店主は精算台(レジ)下を調べた。一箱取り出した十個一包(carton)の口の歓迎を受ける。店主は両目を見開く、意志の強奪に遭った。瞬き、置いてかれた時間を取り戻す。ひらめきは気分屋の空に酷似する、一度降(おち)ると絶える間がない。だがもう過般、店主は浸らず忘れてはならない光景(image)を音声に換えた。

 樽前と種田が若干上半身の体勢を変えた。

「隣近所に在りながらその存在を知らずに生きる。見てはいるもののなかなか勇気が湧かず踏ん切りや決断を後回しそして蔑ろ。記憶の隅に張付けいつか向きあうつもりだった、弁解を述べたき対象が望ましい、いやそれが最適でしょう。復刻では大げさな印象と仕掛けたあざとさが商品と売り手に刻まれる」店主は油断を誘い言葉を切った、ビニール封に注意が向くや繋ぐ。「『ブーランジュリー』が作る発注先ごとの特別注文が麵麭(パン)を、樽前さんの店で盛大にしかしひっそり販売を開始する。あそこのあの味、知る人ぞ知る老舗、名店、有名繁盛店のあの味です。物語性はあるでしょう。似ている、あの店の麵麭(パン)を模倣したのでは、という噂が立ち、質疑を迫られた状況ではじめて、溜めに貯めた裏を解示する」

「……意義(story)は伝わった。あとは発注先の説得だ。私はやらんよ」素気ないハブを樽前の尻目が悲壮に溢れる。

「そんなぁ、ハブさんなしで僕だけで交渉に持ち込むのには営業年数の信頼もが足りません」

「私は君の救援(もとめ)に応じた。好立地に建つtall building(ビル)は一階にこの店と私が揃えばこその悩みでは、若者よちっとは手足を動かせ」

「どうぞ」店主は一箱を差出しだし、席に着いた。

 二人は同時に火を灯す。

「わ、わ、わっ」小川が連続音を破津(はっ)する。画面が暗い、蓄電池(バッテリィー)が切れたらしい。「よりによってこの好調な走りのときに切れちゃうかねぇ。はああっ、予備の電源でもあれば……あ、あ、うん?ううっん?」引き摺ずる椅子より彼女は好からぬ頼みごとの眼で店主に言った。「店長あの、私ですね、妙案を思いついちゃいました」

「店の電源を使っても今回限りであるなら使用は許可するよ。充電用の絶縁電線(cord)を持ち歩いているのならね」

「いいえ、そうではなくって。新お茶請け(menu)の該当先を思いついてしまいました」

「どこだ?」ハブがきく。

「四丁目交差点、市電通りから歩道が狭くなる古いtall building(ビル)の並びを南にちょいっと下った喫茶店ですよ」

「ミルクフランか」思案顔で嘆息に言葉が混ざった、鼻腔から紫煙。

「ミルクフラン?ミルクレープなら知ってますけど……はい、勉強不足です。精進しますです」

 呆れた、ハブが眉を顰(ひそ)めて、割烈(われ)んばかり。樽前が苛立ちを牽引するらしい、無愛想であるが小川や樽前に較れば温厚の部類に入る。彼は言う。「最近作られた菓子麵麭(パン)の種類だ。発祥は中国地方のご当地麵麭(パン)という区分に属す。誕生は五十年ほど前。棒(stick)状の薄白い弾力を備えた生地に真横の裂目(さけめ)に練乳を混ぜた乳脂肪(cream)を挟入る個人経営の大型用品店(スーパー)で売られていた製品を、地元の麵麭(パン)屋がその類似品をあざとく目をつけて売出す。学校給食に採用されたのを契機に地元では認知率百㌫を誇るようになった。ほぼ一律の販売数は登場から十年程経過したのち、大手企業の参戦で一時期は広まり見せた。、盛景(boom)が去ると発祥の地に製造は限られ、そうして再来去年の初夏百貨店の催事場で取り上げられるや、開発競争の真っ只中さぁ。うちにも技術指導と監修の話は来ていた、昨日も一件断ったな」

「小川さん、ミルクフランを推すのはどうして?」率直な疑問である。休憩時間を喫茶店で過ごす小川の生態は聞いていた。ただ、食事と安らげる居場所が目的だと思っていたのだ。甘味は店主と同様、それほど得意ではなかった、と記憶を攫(さら)う。

「まず、甘いですし、形は抜群に手軽に食べられますでしょう。coffee(コーヒー)と揃い(set)のhot dog(ホットドッグ)、ほら映画でよく街中の場面(scene)を思い出してくださいよ。しかも麵麭(パン)は柔らかいからその場で食べても麵麭(パン)くずはクロワッサンとか他のに比べて格段にお手軽です。職場(office)でも大活躍ですよ。しかも時間をおいて冷えても冷やしてもおいしい、と私は昨日踏んだんですよ。いえねえ、偶然見つけたお店がその裏路地にあってお腹を満たすべく食べてみたらば、まーおいしいこと。なんていうのか、着飾ってないのがこれまたいい。もしくは着飾っていないからおいしさが保たれているのかも。どういうことかって顔をされたので説明しますと、標準の素地(plain)のみが選択表(menu)に並ぶ、これが強さです」

 一礼、靴を鳴らした小川は更衣室(locker)に姿を消した。

「『クロス』の親父さんなら融通は利く。路上店のみの販売とミルクフラン一品を扱う制約つきでだぞ、若者」麵麭(パン)屋の店主は咥え煙草で店を出た。ハブが話をつけるのか、それとも若者に帯同して樽前に交渉を丸のまま投げるのか、彼は名言を避けた。面倒ごとはとうとういよいよという時まで人任せ、おそらく『クロス』の店主へ交渉の先手を取る自らの認可を明かしてくれて結構、という意味だろう。

「ええっと、ううんと店長さん、これって、その、許可が下りたのですよね?」頭をもみくちゃに樽前が途切れ途切れに話した。二人が消えて客席が広さを見せびらかす。

「不確かな箇所をこの機会に潰しては?あの人は二度目の同席を嫌う」

 引き出した椅子が床板の節に引っかかる、樽前は押して押して三度目でやっと引いて持ち上げ、円卓(table)にぶつけ、こちらに詫び、端的に会合場所の提供と会議に付き合わせた感謝を述べて「いきます」、と辻風のように牛鈴鐘(cow bell)を鳴らした。

「ありま」間の抜けた声の小川。客間(hall)の床板が軋む。「帰ってしまったんですか、皆さん」

「ここにいます」

「うわああ。そういや、刑事さんがいましたね。ああっと今のは悪気があって言ったつもりは全然これっぽちも……」小川の弁解を聞いてか無視か種田は待ち望んだ本題に入った。胸上の腕組みを彼女は解く。

「早速ですが、S駅の事件ついてのあなたの見解を伺いたい」

「それは願望ですか、それとも命令でしょうか」事件のことはすっかり忘れていた。

「私自身不快ですし、不愉快極まりない。あなたの心情は把握してるつもりです」

 彼女はこちらの先を読む。

突き放す瞬間を皮切りにこれから毎日続く訪問は、壮絶にちがいない。

 店主が解説に彼女はすがるのさぁ、真実とは別物だろうに、どうしてか。組み上げた論理は破綻をきたさない、拙論は大いに叫ばれる、だが数人を要し時間を空け検分は済ませたさ。回答は漫然と居座る。名を与えし像の塊に用があってか、いつでも呼べる。呼び鈴(chime)、床ごと反転。空に馴染めて雲の薄片、創像(なか)が店内(そと)に 客席、私、店、店主、仕事着、僕、仕事 、昼食(lunch)が目下僕の考え事だ。明日は何を食べたく日を過ごすこと、満たすはお客の胃袋であるさ、あったか。

 喫煙と長考は仲違いの傍ら、相通じますやの交感(sympathy)姿これなき光の線も明けに染まる曙光は体躯、空手を振り振り互いや近我(ちが)いの掛け違い、演者ぶってか意地汚なしはしかと染まりし裾裏が密告。店主は指に挟む煙草としばし離れた、距離は近く、目と鼻の二倍ほどの円卓のさらに丸の、灰皿の窪み。

「あなたが知りえた情報を教えてください」店主は軽く顎を引いた。「不確定な仮説を補完しうる情報がもたらされてやっと、日の目を見る。検討に値する価値を付与される。断っておきますが、すべて私の独断に基づく論旨であり、確かな証拠による補完はあなた方の領分とみなし責任は負いません。あなたが単独で夜中に訪問される事実から事件には決着がついたのでしょうし」

 堰を切った、

 三分の二が点燈に呑まれようかと、種田は報告を伝えきった。

 さあ準備は整った退路を寸断したぞ、いい加減こちらの要求を呑め、さもなくばこの懐の提銃革(holster)をはずしてしまうからな、およそこの女性刑事が言いそうにもない言動が不意に思いつき、電光掲示板の文字が明滅、左に流れる。

「どこから取り掛かりますか」店主は徐に二本目の煙草、計(かぞ)えて三本目を咥える。

「店長、もしかして事件を解決したんですか?」背後の小川は声を上げる。

「解決は早計だと思うよ。規則の『する』『しない』の結び目を解いたら、全容らしき景色が見えた。解こうなんて意気込んだのではないよ」

「どっちにしても解決したってことですよね。やっぱり私の勘は鈍ってなかかった。目撃者が犯人で人払いを、北口戸(door)の整備点検が偶然重なって犯人と被害者の二人っきりの空間を作り上げたなんて、嘘っぱちに決まってら。さっ、店長真相を聞かせてくださいよ、早く」

「急かされると話す気力が失せるね」店主は眉をひそめた。これは本心だ。相手のことを知りたくばその相手が話すまで待つべきでそれが最良と呼ばれる耳を傾ける時会なのである。小川は空いたハブの席にいそいそと店主の発言を真摯に受け止めて二つのカップを片付けた。灰皿もついでに空に、よいしょと座った頃合を見計らう、種田の執拗な催促を右半身で受け止め、店主は真相らしき内容を紡ぎ出した。闇に潜む壁の船底時計はとっくに舞踏会の終わりを告げていた。日付が変わっていた。