コンテナガレージ

仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 7

 はぐらかす説明の施しは意図的な構成が背景に見え隠れする。おそらく何かしらが結実するに違いない、種田は店主がわざと雄弁を気取る様を見抜いた。本質を早く!、急立てる気忙な連中の黙殺には無碍に扱うが適当。これで最大の効用が得られる。店主の解説を内に設ける基点より捕え資料と照合(てらしあわ)す。   

聴覚を矢面(まえ)へ。

「凶器の行方が先を阻んだ。『規則』は必定なり、を犯人は自らにも課していた。目撃者として現場付近の地下道を出くわす現場に仕立てるなら当然、凶器の所持はありえ『ない』でしょう。捕まってしまいます。入念な所持品検査(body check)は任意によって執り行われたのですか?」

「所持品は袋状物入(pocket)を当人が探って出す。手出しは違法と見なされる」

「意識を失った坂上貴美子さんはいかがでしょう」

「彼女も同様に所持品検査は女性警官の立会いの下、これは当人の同意を得ずに調べました。訴えるのならばお好きどうぞ」地上階の捜索に当たる女性警官を地下道まで呼び寄せ、その場で調べた。

「生存確認の一環といえる。非常時に加え紛らわしい発見場所、路上であっても意識の断絶が続くと通常は所持品から身元や連絡先を調べます。違法行為には抵触しません」

「あなたは高山明弘が凶器を所持したまま事情聴取を受けていたとでも言いたいのですか?」音圧が高まる。種田は、訊いた。音に頼る。

「その可能性は十分にあります、またしても可能性の問題でしょうけれどね。大胆だ、非常識だ、捕まるという原則は『善人』が所望であって犯行計画を企てる人物に身勝手にも我々が倫理観を植え付けた、私たちの『規則』が働いてしまったのです」

「続きを」種田は堪えた。

「次はそうですね」店主は灰を落とす。「傘、これはあなたが話してくれた上司の問いかけが補う。その可能性を取り上げること自体、躊躇われた。私は現物を何度か店内で目撃してます、外国の方がお土産で買われる品。夕食(dinner)には外国のお客が周辺他店に比べ食台(table)を占める。彼らは侍に憧れを抱いてます」

「凶器と覚しき傘を携え目撃を逃れたと?、それに携帯していたのは日本人です」橙と緑の傘に紛れたと、柄や鍔を模した偽刀を傘で一括りには凶器とおよそ見当がつく、周辺を聞き込む人員はすべからく切味を目に焼き付けた。出会えば連想するだろう。

「外形(フォルム)は日本刀で、用途は雨具。刀らしき傘は雨天に限らずぶら下がる、忘れ物が多くて困ります」

「ですから所持は日本人で、駅員に助けを求めた時の高山明弘は鞄をひとつ持つだけで、雨具の類すら持っていない。それとも殺害後駅を出て凶器を隠したとでも言われるのですか?入念に駅の外周も捜査対象に広げて調べました、半日かけて。凶器に適う拾得物の報告はありません」週初、市民団体『MOTHER PLANETS(マザープラネッツ)』が自意支援(volunteer)活動の『育む心、それは足下から』と題しS駅より南は大通りへかけた駅前通りやS川通りなど主要な通行経路を綺麗さっぱり掃き清めていた。

「もっとも有力な回答は単純な組み合わせ、凶器を持ち出した共犯者の存在をどうもあなた方警察は忘れたがっている節があった。駅構内に限った事件であってくれ、完遂・完結を願った。昨年の事件で警察と駅側は相当協議を重ねていたはずです。乗客の安全確保を図れない運営に身を任せられるのか、乗客の不満は想像に容易かった。S駅に失態は許されない、という特異な状況が日常になりつつあったさなかの大惨事、しかも薄れかけた昔歳(せきさい)彷彿たる事件に弁解の余地が残されている楽観的な考えは入社間もない駅員でも運営の危機を読み取ったでしょうね。すなわち、凶器の発見には至らず犯人が巧みに姿をくらまして持ち去った、という思い込みを駅員、警察は選んだ、これも『規則』です。駅構内及び外周でも見当たらないのならば、いっそのこと忍者のように消えた犯人ともどもが理想的。単独の犯行、凶器を携行し現場を立ち去る。駅利用はこれっきり、与り知らぬ事情がゆえ対象者は殺されたんだ、自分たちに都合の良い物語を想像してしまった。安全な駅、死体を搬出、痕を綺麗に清掃、警察が去る、始発には間に合わないが正午過ぎには現場の覆いを取り去りたい」

「前例に感化された」認めてやる、だが、「調べを尽くす我々は揺るがない」威圧を込める種田は嗚咽を受け入れ顎を引き、店主を見据えた。

「多岐に弥(わた)る選択に囲まれて、私たちは生きる。その選択はしかし、昔日までの生活と密接に関わり、一筋縄でおいそれと対岸に渡れはしない。選ぶ予備動作、心備えと暮らしようやく向岸に降立つ。しかしこれを忘れずに、可及的速やかを逼られ吟味の暇なく応じてしまう状況下は存在しますね」

「危機」

「恐驚(crisis)は突如表れ出でる。取るべき行動は主の防備、生理機能の働きがこれまでの慣習を平然軽々飛び越えた。駅職員と警察官はそういった心理状態にこの先の身を耐えた厄介な業務を瞬時、現場と対峙し明在(ありあり)思い浮かべてしまった」

 小川が席に戻った。長尺対面台(counter)のお客は喉を鳴らす。

「仮に『規則』が働いたとしましょう」憤懣遣る方ない。が、ここは引く。攻めてばかりは相手が手の内は一生隠し果せる。厄介な手練。「凶器は第三者、協力者に手渡し現場から消えた。問題は犯人です。逃げられたのになぜその場に留まったのか、理解しかねますし合理をまるで忘れています、企てた者が、です。計画的とあなたは言いたげだ、にも拘らず高山明弘は企てた殺害を実行、それから目撃者に名狸(なり)澄ました。南口から凶器を手渡したのだとすればそのまま屋外に逃げられた。悪戯(game)のよう逮捕までを楽しむ?そのような逃げ道は受け付けられないっ!」

「凶器は本来見つかるべきなんだ」

「どういうことです?」声を弾ませて小川がきいた。店主はそちらに顔を向ける、向けていた。窓は外、色つきの分厚い硝子に屈折し内が届く。

「考えてみて。凶器が残される、犯人は行方を晦ませた。となると警察は丹念に凶器を調べるだろうね。もちろん周辺の捜査も平行して行うはず。人員を二班に分ける。手薄な追跡をやり過ごせれば好い、犯人は安全な場所を確保していた、一時的な避難場所に身を寄せて時機を見計らい、離れる。いずれにしろ上策だった、最たる物証の凶器を忘れようにも鮮血に染まる、何かしら含意のある行動と診る、大いにありうると思う。たとえば、持ち去る刃物に身元を示す証を意に反して憑けてしまうとかね」

「店長にしては、憶測の部分が多いですね。固有名詞が少なくて、その、非常に危うい、いいや曖昧、です」

「いくつかの可能性を浚ってそこからさらに、熟考を重ねるのは一般的な感覚に近いと、僕は思うよ」灰皿にフィルターが増えた。白い白衣(はくえ)にうす白の捲くる腕を較べろ、ひとつ咳をした。「献立(menu)を考えるときも同じ手順を踏むしね」

「それはちょっと興味がありますねぇ」

「事件に戻ってください」あくまでこれは私事(private)。とはいえだ、真相解明の題(テーマ)を設ける。いざとなれば、鈴木か相田を叩き起こして職務の遂行を強行するつもり。おかしいのだ、まったくの不都合が生じずに事が収まるとは、どうして思えない。

 高山明弘と目撃者と日本正が同一人物であってたまるものか!種田の片頬が微細な電流を帯び、短く切り揃う細い黒髪は逆立つ、現実のそれは重力に従う。

「献立と推理の構図・構成は通う、刑事さんも目くじらを立てず聞いてください」

「刑事さん、お願いしますぅ」風が起る、固く閉する小川の瞼、その間(うち)へ両手がぴたり合わさる。

「……遠回りと私が(・・)判断した場合進路の変更を告げます、そのつもりで」小川はガッツポーズ、水筒に肘を当てあたふたと円卓(table)は転がり筒と戯れ。

「まず結(むすび)を立てる。〝刃の行方(ゆくかた)〟を終点の一つ前へ据えよう。分岐点は必ず通らなければならない。事件の道筋を辿ると出発点は殺意の撃起、計画に引き戻るね。無意に殺めた、この『規則』を準用した捜査であると、『規則』が発動したまさにそのとき、殺害が出発だ。僕は分れる程(みち)を同時進行で答えに導く。初歩的な遣り方は、片一方の行き詰まりにもう片方へあっさり切り替える、きっぱり忘れ去る度胸が功を奏す。だらだら未練がましいのは、どっちつかずで半端に終わってしまうからね。さて、順に遡るとなにかの意に従うそれは、凶器を持帰るという凄惨な現場で求められた行動だった。しかし、平常異常によらず嵩張(かさば)って目に付く。服の下に隠そうにも、察して余りある。これに後の所持品検査を偶然にせよ逃れた事実を踏まえる、当初から携行は実行より除外されていた。では、何所へいったか。先の予測は第三者へ受渡したと話した。ただ、警察は万事手順に則る。包囲網をすり抜けて、 現場に出入りする存在は俄(にわ)かに信じ難い。空想を意(い)う南口は人払いの対象区域であったにせよ、です。だからこそ凶器の受け取りに最適な環境といえてしまえる。どちらもありうる。二つの選択肢で立ち止まった場合、私はさらに枝葉を分つ。複雑で覚えられないという方は、図に表すとよいでしょう。知視覚による捉直(そくち)が得られる反面、考える機会を観るに代えてしまう、一二度が頼るのが望ましい。主題を決めたばかり、未地へ挑む、瞬く間中空へふらりふら甘考漂うものなら即時無に切れ消え。この性質は覚えておくように」

 小川は細かく頷く、見開く瞳はぎらぎらと珠の裡(うち)出でて。

度を越える顎に当てた片手も円卓の下にしまい、背筋も伸ばすか。するする巻き取られる雲は視界を広げた。疑い、が晴れる。慎み傍へ控える夢と憬れ傍に張つく現実を行きつ戻る、水浸(ふやけ)た意志は私の億段だった。

 これが六本目、煙草の先が染まる。店主は惰性の喫煙をあえて摂取するのです、そっと合わさる瞳は意に反する胸中を前面に押し出してた。進論と喫煙は相思の間柄か、種田は聞入る。

「凶器はS駅構内に隠匿せしめたならを、先ず紐解いてみます。想像せずと隠し場所の在処は明らか、改札の目の前自動階段(escalator)を右手に数列の長椅子(bench)。一目散に警察が調べたでしょうね裏側も。不適当。観葉植物はどうか、長椅子(bench)の四隅に大鉢、隣構する売店の両脇にも低木を二鉢を置く、しかしどちらも太長な幹と垂下る大葉(たいよう)は備えていなかったと思います。いかがでしょう、刑事さん」

「了承を前提に進めてられては?意に反した、私は口を挟む」

「それは私も助かります。拍子(rhythm)は大切ですから、料理においても」

「店長それは、あっとまた々邪魔を入れましたけど、拍子(rhythm)って千切りや包丁使い全般のことですかそれとも、起きていなくちゃ、常に考え続ける連綿とした流れが必要なのですか。私、数学はからっきしにっちもさっちもいかなくって、どうにもこうにもでしたもん」

「質問の後半分はよくわからない、けれど、うん、小川さんがいう論理的な考動にとって流れは重要だろうね」店主は灰皿を叩いた。拍定間(rhythm)。「話しながら考える、とでもいおうか。料理にたとえるなら食物の出生・出自の背景、来歴、舞台裏を僕の狭薄な庭で捏ねくり回す。片指を余す実知だ、ざっと基幹を浚い正誤不問の稀代(けたい)な想像で見極める。すると調理の取っ掛かりを食材が訴える、ごく限られた可能性であればやってみよ、とね」店主は頷く小川を確かめ、離脱した。説明口調に戻る。視線は窓、やや下方か、洩れる明りに二人席の天板あたりを眺めていた。「駅構内はそのほかに南口に穴開き硬貨らしき石物と真赤な円錐の無気物(オブジェ)、店舗紹介の掲示板、僕の記憶だとごみ箱は長椅子(bench)と売店、通路を間に雑誌と書籍販売専門の売店角の自販機にそれぞれ置かれる。だが、入念な捜索も空しく凶器は回収されなかったとのこと。駅構内を這い蹲り調べたなら見落としたかもしれません。頭上です、昨年の有様は幕と交互に垂下る商業施設開業祝いが直径一m大の楠球に当人を隠していた。あなたが炊きつけ僕の解(こたえ)に頼った事件です、よくも覚えていた、記憶の取り出しが滑らか(smooth)という意味です。それは余談として、飾り立てる記念日の品々はぶら下がっていなかった。あくまで予測です」 店主へは口頭で伝えた、非番に捜査権は返上されたばかり、因って捜査資料の持ち出しは不可である。種田は望む仕草に移した、常に戻る、だから苦はない。

「凶器にも『規則』を当て嵌ます」

「店長、それは少々強引過ぎます。いくら店長であっても強引、……あえて止めたんですよう」

「配慮は受取るよ。けれど、『規則』に準じ事件が世のなかに現れるのなら従属を拒んでは理に反する。通用門は打ち塞いでしまう、次の一手は既成概念の破壊だ」店主は長々巻紙の端へあかを塗る。狭まった呼吸域の復拡に用る治療を一概に害と定める、種田はこの煙に嫌悪よりほか何を見出そうか。肩触れる車内同乗者が吸う分はこなすべき仕事、義務だと言い聞かせる。また車内には換気用の窓が鼻高に並ぶ、店内のこの霞の様な充する息苦しい煙とは異なる。だが、彼女はそれでも事件の真相に興味があった。実のところ種田は『規則』の存在をまったくと言っていい、不振な目で見続けた。だがこうして現実に可能性を残す事件解明の接触試策(approach)は『規則』なのだろう。屈辱ではあるし他人にしかも女性に頼むことは過度に憚られ、警察官が日常浴びる市民よりの税金泥棒が揶揄に唯一睨みを利かせた私の自覚(pride)と呼べる視線は楯、導解(みちび)く脳働の見過ごす蔑ろに辛じて虚勢を張れているのに。いけ好かない。海岸沿いの店員といい、弦楽器(guitar)を背負う歌姫といい。種田は吸えもせず、煙草を一本頂戴した。私の方が初心者向きです、と小川の提案を呑んだ。二度、咳き込みそれからは煙を灰に入れる感覚は板に着いた。

 原点の呼吸を今一度確かめるのか痛みを伴う生という実感(じつかん)、なるほどな種田は赤い先を見つめていた。

「凶器は『ある』と『ない』に当て嵌めるなら当然『ない』だろう。しかし振り返ると凶器の形状を僕らは知っていた、どうしてだろう?」煙草を咥える店主は奇術師(magician)の妙技、両手を開き閉じた、こちらを騙しましたとの教示か。小川が我先に食いつく。まるで主人に呼ばれた猟犬を思わせる。従順な牧羊犬。

「そりゃあだって、首をばっさり切り落とすんです、それなりの長さと強度それから凶器を振った速度も必要でしょうよ。日本刀が如何に優れた殺人器だからといって扱い方も習得(master)していなくちゃ、切断面は綺麗だった、刑事さんは言いましたしね」

「うん」

「あの、店長の番ですよ?」

「うん」店主は物思いに耽るみたいにじっと頭上に移した、そこへ目を配る。花形装飾電灯(chandelier)の一輪が微か見える程度だろう。厨房に頼る室内、客間(hall)内の荘厳な照明は店主の右後に位置し夜に蔽(おお)う。そういえば、種田は記憶(うつし)た片平、を捲る。この花形装飾電灯(chandelier)を眺めて去年凶器の在処へ行着いた、あの時もまた店主の視線に釣られたのだ。

 釣られた?!

 並べた画像が次々一目散。開放目掛け広がり迫った。ちらひら白の玉が視界の端々に揺れ、たゆたう。

 高鳴った左胸の臓器が体外に飛び出そうだった、鼻腔から色のつく空気が目に見えて肺が欲しがった。引きあがる眉と供に、「日本刀の外(ほか)は『規則』を充て除外した。無用心で浅はかだと言いたいのであれば、どうぞ忌憚のない助言であると今回は受け止めます」

 正面の小川は目を白黒させる。引き上げた指先の灰が姿を保ち、天板に落ちた。

「刑事さん、それって一体全体……。私たちは思い込まされていたってことですか?」小川の考えが駆ける。「国産の流通網に的を絞った、だから海外製や変形は調査をお座なりに、そう働きかけてしまったと?……『無理』、決付(きめつけ)が変えた向う先」小川は骨董品について調べたのだろう、店の食器を売却した、興味をそそって食指が動いたか。店主に興味を抱く者の勤めというべきか。

「やっぱり小川さん、夜の方が冴えてる」弾む、店主は口元を緩ませた。人間らしさは夜間だろう、種田は思い、呑んだ。店主は落ちた灰を教える。食台(table)は防水加工の油膜(oil coating)、耐水性もさることながら多少の熱処理も天板のオーク材に到達することを防ぐのだ。不要(いらない)ことに意識が向いてしまう、種田も人のことは言えなかった。

 口角をあげる店主はやはり感情が豊かだ。店が醸す気色、時に追われ数時間ののち、深夜特有の自己陶酔によるものとも、種田はみまもる。やっと真相が聞けそうな気が床板にごっそり粘取(ねと)りつく。

「『規則』は凶器を気に居る。考え付かないだろうね、巷で感染するのはそれを使う人間であった。感化された者の生動により、物質つまり道具や物が間接的に波及、塩気を浴び沖へ浚われた。とはいえ事件現場それも凶器に適用されるとまで警察や僕ら一般市民は考え及ばずであった。凶器そのものを誰も目にしてはいない、想像物が各自の脳内で『規則』の処理を施した。自覚症状はほとんど、いや無自覚に等しいだろうね。 好みに応じた具現化を『規則』許す条件だった、これが事の発端です。 あとひと押しで危うく混迷を極めそうな未解決事件に真逆さまに陥(おち)るところだった。もっとも形状を変え軽嵩小型(compact)にしまわれた場合を当初は間違いなきよう広角(ひろ)い視野で真相を探っていた。あるときを境に、という判りやすい境線(line)は通常の解明とは異質であるがゆえ現れてはくれなかった」

「各自が思い思いに想像を巡らした。そして、それらは共通性を帯びた。切断面によって……」小川の口辺は細かく囁きのはずが落し物を呼び知らせる声量である。「だけれどもですよ、軽嵩小型(compact)な携帯性と日本刀に匹敵する切断をやってのける刃物は、科学的な昨今の進歩に資金を惜しみなく注いで特注の一本はできないものですかね?」

「SFや絵動劇(アニメ)のいわゆる光線(beam)状の西洋刀(sabel)をいうのかな?」

「そうそう、丸突出(button)を押すとびぃやっと色色(colorful)な光線が飛び出て、それでずばっと腕と首を切り落とした」

「光線は熱を帯びてるように思うけれどね。切断面は硬い劈(さ)く物質を押しあてた加圧により組織が剖れた」

 店主は私に見た、答る。「仰るように切断面の組織は刃物による一斬が妥当、が鑑識係の報告です。ただし、あまりにも見事だ、という注釈が捜査資料の備考欄に書き加えられていました。珍しいことです」

「相当腕の立つ剣術家がやってのけたか、それともですよ」小川は身を乗り出す。「振り下ろす動作を補助(assist)する機械なんてものがあったのかもですよ」

 得意げに眉を上げた表情の、低照度の円卓(table)真中に浮ぶ。たしかに神業と言わしめた剣技に人外たる機械は全方位動理に適う、だが、種田は伺い主の了承目配せを受け口を開いた。小川が素早く両者を渡る、誤解は放っておく。

「肩口、首の付け根、それに耳や顎など突起を傷つけずそのような機械を介し高い精度が保てますか?」

「わかりません」店主はあっさり匙を投げた、潔さは認める。

「つまり刃物は伸べる長形。携帯性如何は検疑に該(あた)わず、絵空事の領域を出ない。されば『規則』を念頭に掲げるこれまでは推理の破綻と、私は見做します」種田はたちどころに宣じめた。あわや突飛な発想を魅入り縋ろうかと、邪を破る。土台無理な話なのだ……。意を決した訪問を用ってして解決に至らず、彼女に襲う諦めが嵐。一通り順を追い正当性とその正反対に例外に類似を孕む他例を私は寸暇、寝間(ねるま)を惜しみ検討に見返(みかえし)を重ねた。『規則』を凶器に当て嵌める奇抜な展開は特異性がある期待を抱いたのは正直認めよう。それでもだ、日本正と『規則』が急接近事件と関りを見附け初める時期は彼の『規則』を世の流れ、一号店の盛業が渦中に君臨していた、それゆえ事件と『規則』を一緒くたに括りたがる、誤認、確からしい皆思わされていた。突如容疑者に名を連ねたのも、ここ『エザキマニン』の店主が零(こぼ)す訪問客の異種異様な振る舞いがきっかけ。

 いや、種田は今しばらく判断を遅らせる。日本正を容疑者候補(list)に加えるよう働きかければ、私は事件と日本正を結ぶ、結ばせるがため検証に取り組む。……操られていたとでもいうのか、私が?この私が手のひらで踊っていた? 地が傾く、真下を不安定な座ることに向く椅子は片足支えんがためにあらずと波を底より呼び出だす、胸郭はみつちり心揺攻占(せし)める。 頭脳明晰であればこその衝撃だった。彼女は喫煙に心底救われた思い。多少なりとも指先が震える自躰(じてい)は煙の摂取に虚勢を張る態度と思ってもらえる。

 警察の動き、私たちO署の人間に捜査権を譲渡さらに私の来訪まで予想を立てていたとは。

 ならば、日本正と高山明弘の関係示唆とtall building(ビル)内で出くわす二人と我々を引き合わせたとでも?

 この店主はどこまで知る?本人は言う、ほとんどが雑誌・新聞の的をずらした本質らしい外形の情報だけで考察が補う。果たして可能か、種田は問い返した。体内より届き返信は、具体を二つ挙げた。歌手と喫茶店の店員だ。

 確証はなく、おおよその見当で推理は停まった、私の追加情報を聞き腑に落ちた。証拠を待つばかりの推論にはこのときもう至っていたのだ。

 どうなっていやがる、荒荒しい口調は利口の証拠。灰皿が差し出される。一人に一皿。小川が使ってください、目配せ。

 続きを口ずさむ、店主はするり沈黙を縫って出た。頭頂部が吹き飛んだ土台の底、時計が時を刻む。

「形状と構造の追究は無意味でしょうね。見つかりっこない、投げやりにも思います。ただ僕の見限り、お座なりにした箇所が次展に花開く。留まっていては見えてこなかった部分を、何枚かの局面によって殺傷事件は構成されていると考えた」

「さきへと達する路が一区間を殺害たらしめる、あなたは言った。ではその先(・・・)をどのように知れたのでしょう?」矛盾を種田は容赦なく攻め立てた、玲瓏な標準(default)の彼女は奥に引っ込む。「私には皆目見当もつかない」

「そうでした、これは過程を辿っているんだ」呟く小川の俄かに立ち上がる。顔の前で指を自らに向けている。長尺対面台(counter)のお客が呼ぶようだ。窓際を通って視界から消える。店主はその間にさっと煙草を含む。

「殺傷事件は数日が経過した頃、間を狭め聞こえてきました。お客たちは事件の初期段階ではほとんど話題に上げなかったのでしょう。それに事件の前に僕ら店員は他の話題で持ちきりでした」店主の口の左右に引く。微笑と冷眼の中間で言った。「『規則』を押し付ける奇妙な客たちが続々訪れたのです」

「そうなんですかぁ、それはまた大変ですね。ですよね、ここいらでも四店舗ですから、それをいきなりですか、はぁはぁあ、困りましたねえ。それでなるほどう、店長に泣きついたってわけですかぁ、あっと失礼しました、またやってしまった。あのそんなつもりじゃあないんです、はい、本心?本心ではなくて根はいいやつなんです、いいやそれも違うなぁ……」

「灰が落ちますよ」店主の呼びかけに、灰を個定の皿へ叩落(おと)す。あるべき場、画(くぎり)は存在する、雄に雌、補完関係、スチロールの容器と蓋。灰皿は葉巻、この普及のあとに生まれた。生み出されたんだ、種田は下半分を見つめる。『規則』。何かしら制約を課す理由。要因を私は見逃した。訪問客。店主の休憩を狙ってお客たちは給仕をせがんだ、しかしそれがどのような『規則』だというのか。客と主の関係だ、この人物は躊躇わず門前払いを提示するだろう、押しの弱い腰の引けた性質はまったく見受けられない。

「こちらに座りませんか?」店主は訪問客を呼び寄せる、どの辺(へん)に狙いを定める。視線がこちらと鉢合う。佳境(climax)、勘が働き。咄嗟に振り向いた、見覚えはない、胡散臭い整う身なりの男性がゆるり腰をあげて。丁寧にも天板(table)に椅子を上げる。

「ご一緒してよろしいので?」腰を下ろす直前に彼は言った。橋口。遅ればせながら、と名乗った。名刺を手渡される。こちらは一応私事(privete)なので、理由を告げ名刺の交換を嫌った。

 店主はニヤけている。驚いて、あれま、小川は席に着くやいなや、灰と化した煙草に未練がましくがっくり肩を落とす。

 もしも神が世界を創りだし眺めて暇を潰すのであれば、不確定要素を楽しむ。店主は先が見えてる。だから零す。待て、あえてはぐらかすことも、もしやこれは店主の術中なのでは、それならば多少寛大に長時の引っ張りを認してやろう。大局を見定むる性質に移項(シフト)したか、愚にも着かぬ鈍さ。ひとつ前の私は一に答(こたえ)を望む。これは拙劣な舌覚(みかく)と同義だ。死と隣り合わせの苦味を、歳を重ねるごとそれを欲する大人の嗜みだと思込む、蘞(えぐ)み苦みの山野草を子供が嫌うは鋭敏な正しき本来あるべき味覚、そう、生存がための判別なのだ。食し運がよく生きていられた者のこれ々美味なるものよ、害に苦しめば近寄るでない。

 料理人だったか私は、種田は人知れず休息を入れた。店主の紡ぐ答の続きに、待った。