コンテナガレージ

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K国際空港二階 出発ロビー 60番ゲート前 

miyako、とその女性は名乗った。頭にサングラスを引き上げて待機。自分にはまったく見えていないのに、どうにもサングラスの誤解された使い方に海外の視点どのように捉えるのだろう、アイラは海外のすし屋を見ているようでならない。
 miyakoはとても一方的であるが、早口には程遠い。文章を短く区切る断定的な口調。ただ、私の脳内のように大まかなに見出しをつけ、取り出しやすく事象を並べた意図とは異なる。おそらくは言い切ったわずかの隙に次の言葉を捜す。そう、使い古した昨日耳にした誰かのいつかの言葉を音声に変える。
 根元に到達するタバコを灰皿に押し付けて尋ねた。「問いかけた趣旨の解説を。意味を図りかねます」無駄な言葉が多い、という意味合いを込めたつもりである。
「聞いてなかったのか、お前?はあぁ、さすがは売れっ子。……去年のフェスだよ、お前とおーんなじステージに出てたんだぞ、このやろう」
 知らない、今度は無言で呟いた。この人の要望が掴めない。アイラは目を細める。
「なによ、そんな怒んなくたって別に、私だって覚えてて欲しくはないのよ。共演者だしぃ、一緒にステージに立ったわけだから、名前と顔ぐらいは知っているんじゃないかって、普通礼儀で挨拶ぐらいするでしょうに」
 必要だろうか、届ける相手は観客のはずだ。
 アナウンスが流れた。
 搭乗ゲートが開いたようだ。アイラは立ち上がリ、しかたなく一言だけ会話を交わすことを許諾した、もちろん不本意である。
「たまたま居合わせた同業者の私に声をかけ、ぶしつけな応対に怒りをあなたは覚える。それで本来の目的、私の動きを私の死角に位置取り、この喫煙室に入るタイミングを窺って、偶然を見方に姿をみせた。さあ、用件を聞きましょう、しかし時間がありません。飛行機に乗らなくては、どうぞ手短に」
「ばっかじゃないの馬鹿じゃないのバーカじゃないの、勘違いしないで!」miyakoは言い切る、癇に障ったらしい。取り繕い、彼女はタバコに火をつけた。すぐに席を離れるアイラを追いかけるつもりはないらしい、よかった。「後輩のあんたが声をかけんのが筋ってもんでしょうにぃ。業界の常識破ってる、自覚があるの?そりゃあ、売れてる人だから、人気者は何をしたって許されるだろうけど、いつまでも続くって思い上がりは痛い目見るぞ、お前。私だってこの時間に好き好んでサングラスかけてると思うの、これでも顔を指すのよ、誰かさんみたいにな」つまり、自分はお前に取って代わる存在であり、いつでもその座を奪い取ってみせる心構えだ、という豪語。まったくの見当違い。だが、親切にその事実をあえて伝えることもないだろう、素直にこちらの非を認めたほうが、カワニが精神的な圧迫も短時間に低濃度に収まるし、それに私はステージを控える身なのだ。地上で身を削るわけには、不可抗力であろうとも避けるべきが正しい選択、といえる。実に不愉快、ではある。
 物量で圧倒するか、アイラは口を開いた。
「アイラ・クズミです。以前お会いしましたね、お久しぶりです。渡航ですか?お忙しいのでしょうからお仕事なのでしょうね。どちらへ行かれる予定で、出発の時刻は?私と行き先が同じとは思えませんね、次の便は関係者以外は乗れませんから。特定の人たち専用の便、というだけのことでして、個人ジェットではありません。もっとも個人所有機の場合は、搭乗ゲートから機内に乗り込むことは少ないでしょうね、滑走路へ車か徒歩で近づきタラップを上る。大型機の所有は効率面でマイナス、おまけに不経済ときてる。維持と管理の整備費用の莫大な出費がネックです。まあ、なんにせよ、たわいもない会話ですから、このあたりで私は。乗り遅れるつもりは行動に組み込まれていませんので、失礼をさせていただきます」
 タバコをしっかり掴む。マッチと別れ、コーヒーを飲み干す。機内へ持ち込めない所持品を切り離した。そうだ、いつも私は搭乗ゲートを通る気構えを持っているのだろう、荷物の軽さに合点がいった。
 アイラはmiyakoの背後を通る。大き目の白シャツ、カリフォルニアと書かれたバックプリントの文字、その土地の生産とは無関係だろうに。やはり考えてはいないのだ。流されている、「他者」を意識する割に特定の思想を外れる世界を持てていないのだ。
 ドアの横、二つの自販機の隙間。挟まれるゴミ箱へ投下したわずか数秒に、miyakoが立ちはだかった。小柄、スタイリストのアキと同じぐらいの背丈である、百五十台前半。切り詰めたような前髪、いつかは乱れるのにとても盲目、移り気、髪を伸ばしたいのだとたぶん周囲に公言するだろう。誰も諸事情を尋ねた覚えはないのにだ。
「見てろよ」三白眼。白目が目立つ。意識的に作られた攻撃的な容姿。甘い香水がアンバランスに香る。「売り上げの記録、抜いてみせるから。人気だってね、日本どころか、世界を私はね、目指してる。負けないから、いまのうちだから、覚えておいて」
 つい口が滑った。「あなたが覚えておけばいい、私は忘れる」
 忙しい顔だ、眉間に皺がよったかと思えば、口元に皺がよる。口角が上がり、目元が緩む。「いいの、いいのよ、私ってねとっても寛大な性格なんだから。みんな誤解してんよのね、本質はちゃーんと隠してる。……能天気で無関心いられる今を愉しんでおきなさい」後半は低音に傾いたトーン、ぐっと距離が詰まり、miyakoは爪先立ち。「ハイティーンの歌姫は私の称号。返してもらう、そのうちに取りに行くわ。首を洗って待ってろよ、おばさん」
 唾を吐かれたような気がした。けれど、天井に向けて吐いたので、影響を受けるのはmiyakoの方だ。
 おばさん、を揶揄だとはじめて認識した、この先の出会いを先取りしたのだろうな。つまりは彼女がそのような中傷にダメージを受けるのだ、と自ら言いふらしたのだ、弱点を一つ見つけた。まあ、しかし顔を合わせることはあっても声をかけたりは、よほど苛立ちに駆られていない場合を除き、miyakoはこれっきりの関係であれば、とアイラは思う。