コンテナガレージ

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アメリカ行き〇八一便 チャーター機内 離陸後三十分 ハイグレードエコノミーフロア

楠井にマスクを手渡す客室乗務員は眉を上げた。二度おおげさに瞬く。「私が……、でしょうか?」そして鼻の頭に人差し指を指した。
「安定度の高い脚立に私は座って演奏をします、身長の低い女性などは私の顔が見えにくいでしょうから僅か数十センチの高低差の私の顔ぐらいは見えるかも判りませんので、それとフロアに立ったまま演奏は不安定で仕方がないように感じましたし、突発的な揺れに楽器を傷める可能性も示唆された。大きなゆれでは脚立の上の私の被害が大きいですけれど、両足をついていた場合でもバランスを崩すほどの揺れでは楽器を守れるとは思えずにどこから傷を負う、ならば顔が少しでも見えることを私は選ぶ。ですから、その際脚立から手が届く高さに水が欲しいのです」アイラは言葉切る。咳を一つ、続ける。「何しろこれは演出ですから、準備段階をお客に見せてしまうと高めた期待は半減しかねない。何かしらのトラブルを起こし、装ってください。荷物棚が開いてしまうとか、電球に不具合が見つかったとか、そうですね、私が機首側で演奏を始めたあたりが合図です、異常を作り出してください。そのために今からエコノミークラスの担当者に電球、あるいは荷物棚の不具合の芝居を打つよう伝え、呼ばれた背の高いあなたが脚立を運び入れてください。同時にテーブルも持ち運んでいただきましょう」脚立は特別な許可申請を通過した持ち込み品である。安定性に優れた機能を探しまわってようやく見つけた製品とうのが空港のドッグで使用する整備用の脚立で彼女の事務所が購入し、最後尾の貨物室にへ持ち込ぶよう手配をしていた。テーブルはストッパーが備え付けた配膳台を流用するつもりだ。
「脚立は整備用のものを貨物室へ運び入れたと聞いてますが……」背の高い客室乗務員は口ごもった。それでも振盪する感情は整理がついたと見える、疑問を呈するのだから切り替えは早い。いや、ライブという特異な状況に戸惑った、それも演出という芝居を打て、といわれれば気後れするのは当然かしない方がむしろ不自然な心理状態、アイラは乗務員の続きを聞き入れる。「保安上、テーブルなど肯定されない備品の持ち込みは禁じられています。物が飛び交ってはならないのです」
「あなた方が運ぶ配膳台があります」
「そうか、あれなら場所が固定されるストッパーがついてる」小柄な客室乗務員が弾かれたように呟いた。その場の雰囲気、それからみなの視線が集まり彼女は萎縮、身を縮める。
「可能でしょうか?」背の高い客室乗務員にアイラは尋ねた。ツアー企画の段階で検討された題目をあえて現場の人物にも問いかける。
「はい。問題は、ないと思います」
「指示の通り、配膳台に水の用意をお願いします」アイラはさらにもう一回、一同を見渡した。頷くものはいなかった。「それではこれよりライブ演奏を始めます」