コンテナガレージ

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意図された現象に対する生理学的な生物反応とその見解、及び例外について

弦が一本、切れていた。
 アイラは中央の座席を挟んでカワニと横に並ぶ「カワニさん、昨日の打ち合わせの、大まかな内容をお客さんにこっそり伝えてきてください」ギターを座席に戻した。窓側の頭上の荷物棚を開ける。左手には報告にやって来た客室乗務員、背の高い女性が立ちつくす。アイラはギターケースを取り出して思う、この人のに何故か違和を覚えた。なぜだろ、しかし取り合ってる暇は第一に優先はされない、そのためや記憶の片隅に追いやる。
 時間表示を誰に頼むか、アイラはケース内の弦をつかんで手早く張替えを行った。 
 振動が襲う、動きが止まってしまった。飛行機が揺れる。
 中央列を通ってカワニが小声で言う。席に腰掛けるアイラの耳元にしゃべりかけた。「まだ放映は確定ではありません。昨日済ませた契約は、楽曲製作の資金提供に関する締結で、帰国後使用権の内容を詰めた契約書に締結のサインをするんですよ」
「なぜ、一度に行わないのです」すべての契約書にアイラは目を通す。確かに映像に関しての事項は含まれていはいなかったが、製作した曲を彼らが借りる使用権の支払いによって権利の干渉が避けられる、と解釈をしていたのだ。私の認識がずれていたのだろうか、彼女は数センチ前の瞳を見つめる。
 はじかれたカワニが飛び上がって距離を取る。忙しない動きだ。
「曲製作はプリテンスとの契約です。アイラさんは事務所に雇われている身、私たちが仕事を請け負い、アイラさんが仕事をこなす。責任はアイラさんと契約を結ぶ我々プリテンスに帰属します。商品PRの素材を目的に楽曲の使用を踏み切ってしまうと、いざアイラさんが何かしらの理由で製作が未完成という事態に陥った状況では、取り返しがつかない。だから、契約は進み具合を見て、後日改めて契約を取り交わす約束なんですよう。皆まで言わせないでください」つまり、契約は曲の完成を予定する帰国から数日後を目処に結ぶのか。
 しかし、カワニは何を怒っているのだろうか、アイラは切れた弦を引っ張り出す。公表が契約に抵触しかねないので、客前では先取りの情報は公開してはならない、と彼は主張をするのか。もう動悸は収まった。
「こんな時に」カワニが頭を抱える。分け目に沿って頭を手のひらで押さえた。「弦が切れたんですか。もう、少しの猶予もないっていうのに」有能であると同時に決めた計画が破綻しそうになるととたんにカワニの脆さ。
 頑丈な線、その昔の素材は現在のものと材質は異なるだろうに、何が代用、流用されていたんだろう。
 彼女は新しい弦を張る。
 昔の素材を記憶から探り、それと平行してカワニと会話をやってのける。アイラにしてみればたわいもないことだ。一般的な見方では難しく不可能に思われがち。けれど、無意識が弦を張り替える視覚と運動神経のコントロールを担い、弦の素材の探求については素材から言語を取り払ったイメージのみを膨らませ、連想を重ねていく。そして会話に労力を割く。難しく考えいてるのは、一般的な取り組む方法ばかりの姿勢に起因する。
 何てことだ、なぜ私にばかりに、と彼女は嘆き悲しんだりするはずがあろうか。立て続けに、いいや単なるこれは不注意に過ぎない、予断を許さない一刻を争うときの流れに私も飲み込まれた、アイラはすんなり自らの落ち度を認めた。
「すいません、予備のギターケースを下ろしてください」まっすぐアイラはカワニを見た。「弦が違ってました」
 荷物棚を押し開けるカワニは窮屈そうに首をねじって情報の非公開を訴える。
「クライアントの許可だって必要なんです。今からじゃあ、無理だってこと、アイラさんだって承知しているでしょうに。情報を漏らして罰則金を支払う破目になったら、僕なんかの首はぴょんって、飛んじゃいます」
「荷物棚はもうひとつ前です」アイラは指摘した。
「だったら、最初から言ってくださいよ」
 その間に、急を告げた客室乗務員が次の指示を求める。
 アキは平常心を保つ、私が脱いだ汗まみれの服をハンガーにかける。視界の右端に見えた同乗する事務所員の楠井はマスク越しにひとつくしゃみを放った。数時間で喉や咳を伴う急激な症状の悪化は考えにくい、彼女はマスクという最善策をとる、これ以上を求めてもしかたがない。