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天井、機内の天井は丸みを帯びていた、種田は数時間前の記憶を取り出す。
「自殺志願者か」熊田が呟いた。車内に重々しい言葉が放たれる。彼の発言は鈴木、相田のストッパーの役割を担う。
「種田の意見は?」困ったときにこそ私が指名される、子供のときの教師を思い出す。鈴木の問いかけに応えはするが、本意ではないことを端的な言い回しと声の低さに表す。
「不明確かつ、わずかな情報を手がかかりに導く言動は軽はずみ。もっとも鈴木さんが望むのですから、答えはします。そうですね、被害者をいつ、その場所に移した、これが不可解な命題でしょうか。整備やその他、客室乗務員、パイロットたちの共犯を除外した可能性を言っています」
「わかりきってるね、それは」
「いつです?」
「搭乗前さぁ」鈴木は、はっきり告げる。
「お言葉を返すようですが、聴取の際に引き出した情報によれば、搭乗前の客室点検時に荷物棚は調べられていました、毛布に包まった死体の報告はありません。また、死体をくるむ毛布は機内の備品が使われた。つまり、少なくとも客室乗務員が機内のチェックを行う地上での確認よりも後に、毛布は持ち出され、さらに死体を作り出せた時間はチェック後からアイラ・クズミ女史の一回目の公演後まででしょう。ちなみにですが、その間のアイラ・クズミ女史が控え室にあてがわれていたフロアでは無関係な人物の往来は確認されてません」
 アイラ・クズミとは以前に事件で顔を合わせたシンガーソングライターを名乗る人物だ、種田は苦々しく顔をゆがませる。彼女にとっての苦い経験、同姓のしかも警察とは無関係の人物が事件を解決に導いた張本人。思い出すだけでも腸が煮え繰り返える。まったくもって、ずうずうしい、この上なく出たがり、表面では無関心を装うが、私は見透かしている、種田は舌打ちをした。
「ええっ、僕、なんか気に触るようなこと言ったかな……」
「いつも気に障ってるし、気が触れてる」
「いくらなんでも言いすぎですからね、相田さんはぁ」
 埋立地、陸地、あるいはその境目。
 四人を乗せたレンタカーは一本道をひた走る、等間隔に同一方向へ進む車両が見ようによっては種田たちが最後尾を固める警護車両に見えなくもない。
 死体の身元は判明するだろうか、種田はあまり気乗りしない過去に想像をめぐらす。明るみに出始めた情報を頼りにしてはいずれ捜査は行き詰まってしまう。そうはいっても、懸案事項を余所に、種田たちへ情報が降りる保障はありはしないのだ。こちらから真相に近づけば、警視庁も追加報告の欠片程度なら教えてはくれるかもしれない。
「死体が見つかるフロアに出入りを許されたのが、六人か」熊田は独り言を呟いて唸る。同乗者の三人は彼の発言を待った。景色は港湾を出て一般道を走る、視界を通り過ぎた看板が明示。「うち二人はキャビンアテンダント、他四名が歌手の一団……。機内で演奏をする発想はいわゆる今風なのか?」
「ええっと、常識的に考えて、いいと思いますよう」鈴木がこわごわ応える。熊田が発する気配を時に鈴木は敏感すぎるほど感じ取って距離を取りだがる。「ちなみにキャビンアテンダントは今風だと、CAですかね」
「鈴木、知らないからな俺は」小声、鈴木の耳元で相田がささやいた。しかし、忠告は丸聞こえ。びくつき、肩を揺らす鈴木に相田は付け加えた。「そういえば、これって喫煙車?今はさあ、うるさいんだろう、匂いがどうのこうのって」
「決まってるじゃないですか、僕はタバコを吸うんですよ」
「吸わないやつが一名いる」浮かせた腰を下ろして相田がこちらを蔑視した。特に、差別とは思ってはいない。種田は声の聞こえ方から相田の顔の向きを読み取る。
「どうぞ、私に遠慮せずに吸ってください」種田は言った。
 その一言を皮切りに、彼女の予想を超えて一斉に火がつけられた。そうか、と彼女は思い出す。拘束の間中、私たちは軽食と水分補給は許可されていたが、少数名が室内を出ることは禁じられていた。トイレへの付き添いすら厳重に傍に張り付いていたことを考えると、逃走の恐れを念頭においていたことが窺えるのか、種田は窓を半分ほど下ろして風を顔中に取り入れた。空気が入ってくる、もともと中に滞留する空気はどのようにして屋外へ追い出されるのだろう、本当に入れ替わっているのか、目に見えないからとそれなくに冷たさを味わわせてほどほどでやめてしまっているのかも。
 客室乗務員たちが共謀していた、あるいは主犯であったとする。彼女たちは何かしらの荷物にまぎれて死体を運ばなくてはならない。
 なぜだ、
 考えてもみろ、機内に不相応な人物が入り込むのと荷物にまぎれた搭乗は後者に軍配が上がる。いいや、関わる大勢が共謀だったその場合を想定したとするのなら、悠々と機体には乗り込めるのだ。
 そうだろうか、あまりにも空港と機内の事情を甘く見積もってやいなしないか。乗務員が機内に持ち込める所持品はあらかじめ決められた、支給品ではないのかな、事故に繋がる要素をひとつでも減らしたいんだよ。
 事故は決して無くならない、発生はそれでお終い。一度きりだもん。
 持ち込んだ可能性をいってる、余計なおしゃべりは慎め。
 脱線してるから修正してあげたよ、いいわ、もう呼ばれても口を噤んでやる。
 客たちにまぎれて乗り込んだってことを否定されたんだったよね。
 そうそう、チャーター便だから欠員者はゼロ、楽しみにしてたんだろうさ、なんたって上空ライブだもん。
 なにそれ?
 知らないの?今回の裏タイトル、史上初日本発世界初の移動型ライブ。
 日本発は"初"じゃないのね、世界初は史上初に含まれる気がする。
 ご名答、飛び立つというイメージだよ、世界云々は大目に広い心持と温かい目で。
 誰が言ってんだよ、俺は知らないぞ、てんで聞いてない。
 乗客たちだよ、隣の席とそれから、前の会話が聞こえてたはずだ。
 誰かさぁ、通路を間違ったふりしてアイラ・クズミの控え室を覗いた人はいただろうか、僕の記憶にはみんな後ろのトイレを使っていたもんね。ほら僕らの真後ろのトイレは一個だけで、たまに渋滞してたもの。通路にはカーテンがかかっていた、「これより前のフロアは控え室により立ち入り禁止」という紙が張られてた。誤って入った、という言い訳は通用しないだろうし、見てしまうことがお客の期待を幻滅させることだって当然ありうる、胡坐を掻いてさ座席に憧れの歌手は座っているかも、アルコール片手に大きく口を開いて笑う。
 それで一体さあ、死体は生きて乗り込んだわけ、それとも死んでから運ばれたの?血痕は見つかった?死因は何
?私聞いてないんだけど。