コンテナガレージ

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5 ~小説は大人の読み物~

「この路地をまあっすぐ行くと見えてきそうな予感がちらほら、ひれはら、ふるひれ、エイヒレ」鈴木は一人陽気にハンドルを握る。相田はすっかり寝入ってる、乗車してまもなくだったか、起きていたのは運転手を除く二名。しかし、会話という会話、場を繋ぐ意識は運転手以外は持ち合わせておらずに車内は相田の快適な眠りを守る、気遣う環境であった。
 ナビが示す到着所要時間を三十分オーバーして、ようやく機械は案内に口をつぐんだ。後は自分たちの目で探せ、という投げやりの状態である。
「左の建物だ、角の」掠れ気味の熊田の声が目的地への到着を教える。直方体のビル、横に長く縦に短い。ガラス張りの外観は見劣りする古い印象を与える、産業会館のような風貌である。「おりるぞ」
 颯爽と熊田が降りた、種田も相田を揺り起こしてから車を降りた。鈴木は近場の駐車場を探しに車を走らせた。
 受け付けに人はいない。やる気のないホテル、といった感じだろうか。こじんまりしたカウンターにソファが二脚、観葉植物がその隙間を埋めている。低いテーブルは陶製の天板が見た目にも重量感を与える。さらに奥は喫煙室があった。サンルームのようなつくり、分煙が叫ばれる世情に応じたのだろう、不本意と反発が窺える。
「はぁぁーあ。誰もいませんね」背後の相田は二人の前に出ると、万歳をしながらカウンターに近づいた。呼び鈴は置いてあるものの、常駐の受付係りがちょっとの間、たまたま席をはずす偶然に出くわした気配とは信じ難い。彼女たちは気配に敏感なのだ。
 セキュリティが甘すぎる、種田は泥棒の身なって侵入経路を探った。
「三階のBだ」熊田がカウンターを一歩ずれた壁の前で振り返る。清掃の点検表かと思ったが、どうやらスタジオの使用状況を示したボードらしい。マジック、手書きで書かれていた、二階の利用者氏名は掠れてる、長期間借り続ける、ということだろうか。
 三階に上る。長い廊下は無人である。
 防音扉はノックの音さえはじく。左右にひとつずつ、それが各階にスタジオを設けるのか。低層の建物、楽器等の荷物をどのように運び入れたのだろう、種田はためらいなくBの表示ドアを押し開ける熊田を見守る。部下の仕事、という概念をこの人は取り去る奇態な人種である、通常は部下である私か相田が先頭を切る。
 まずは状況を説明し事態を相手が飲み込む時間を、伺う側は気長にその理解を待つ。よって、大人数で一度に姿を見せ、しかも手帳を提示することはやましいことがないにしろ、警戒心を植えつける恐れがある。
 が、種田は一向に気にも留めずに熊田に続いた。これは、廊下で待つ相田の心境を彼女がトレースした。三人は多く、二人は許容される。
 音楽が止まった。ミュージシャン然とした人物がけだるくソファに深く体躯を沈める。無論、突然現れた訪問客、それも仕事の集中を切らす種田たちへは好意的、ウェルカムな、諸手を挙げた歓迎振りは鳴りを潜め、それまで鳴り響く音が止まったことによる、静けさの強調が仕事の手を止めたゆるぎない証拠を突きつける。
 表情は一様に厳しい。
 場違いが身に染みる。
「君村ありささんにお話が」熊田は何食わぬ顔をで問いかける。君村であろう人物は、計器類が並ぶ機械に片手を突いた状態で首をねじってこちらを眺めた。
「見てわかりません?」取り込んでいる、話はあとに、もしくは事務所を通して正式な面会の場を設けるようにか……これらの常套句を種田たちは聞き飽きてる。ほとんどの場合、急を有する事態には発展をしない。また手が止まる、止められるということは、再開が行える。集中はもう一度高めればよくて、彼らが言うような取り返しのつかない事態は意外と元に戻るのだ。
「仕事中、でしょうか」
「お引取りを、それとドアはきちんと閉めてください」加齢による低く定まった標準の音質。昔はもっと可憐で伸びやかだったのだろう。
「警視庁の熊田といいます」
「種田です」
 二人は自己紹介をした。一同、ソファの面々は顔を見合わせる。
「まだ何かあるのですか、はあ、もううっんざりしてます」腰に手を当てる、君村ありさで間違いないらしい、種田は彼女の顔を画像検索では調べていなかった。相田が調べた彼女に関する情報はすべて、何者かが製作した文書のコピーだった。
「タバコは吸われますか?」
「事情聴取ですか?私は答えるとは言っていませんけれど」腕を組む、足を絡めた。体型を見せびらかしたいらしい、首の長さ、手足の長さはその昔の長期間特定の運動に費やした証拠だ。
「空港に詰め掛けた捜査員とは部署が異なります」熊田は毅然とした態度を保つ。「数分で結構です。それともここで尋ねましょうか?」
「……ごめんなさい、私ばっかり迷惑かけて。いや、二サビの部分の取り直しから、うんそうね、はい、そこから再開で」関係者に彼女は丁寧な応対、一度引退をしていた、ブランクと衰えた力量・技量をかつての仕事仲間たちにお詫びをすることで補う、まったく力を入れる対象を誤認している、まったく、そう、まったくである。