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5 都内・レコーディングスタジオ ~小説は大人の読み物~

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廊下、エレベーターとは逆側の突き当たり。この真下が入り口側。曇りガラスの窓の一枚隔てた向こうは、外の細い路地に面するのか、種田は喫煙室前に座った君村ありさと熊田の会話に耳を傾けた。椅子は二脚のみ、よって部下の二人は必然的に起立を余儀なくされた。相田は気を利かせたのか、見慣れない自販機にふらっと歩き出す。眠気覚ましのコーヒーが狙い目か。突き当たりの形状は鉤状に空間を占める、左手に取られた空間は自販機二台と喫煙室、それから二人が腰掛ける古びた背もたれのない椅子と観葉植物たちが壁に張り付くよう囲う。自浄作用に期待を込めたのであれば、はなはだ見当違いに思える。誰もが緑が欲しい、という思い込みに従ったのだろう。
「山本西條さんをご存知ですね」熊田は席に着くなり質問に取り掛かる。時間がないという制約を自ら課した、余計な段取りを省いたのである。「miyakoという歌手に喫煙現場を見つかってしまう、不思議な頼みごとをしていたようでうが、その点について聞かせください」
 君村は目を伏せたが、まつげを乗せた瞼は反射的な作業、閉じ切ると思い出したように開く、四回繰り返す。
「なにもかも調べられていたのですか。空港の警察の人からはうまく逃げられたって思っていましたのに。そうですよね」顕著な口調の変化だ。彼女は微笑、細かく頷く。「怪しさ満載ですからね、私の行動は。疑われもしますよ」
「行動に起こした理由は?」
「浅ましいでしょうから身構えててくださいね。私から言うのもなんですが、綺麗って言われて生きてきました。うらやむ人生だと思います。けれど、一方では顔に見合った行動が求められてしまう、ある種生きにくいのですよ。だから、自由な人に嫌がらせをした、理由にはなりませんか、なりませんよね、もっともでしょう。承知してます、起こしてしまって後悔ばっかり。なにをしてんでしょうね」彼女は鼻を啜り、涙ぐむ。「再スタートを切ったって言うのに」
「miyakoさんがツアーが開かれる機体に搭乗することは、いつ知りましたか?」容赦のない熊田の質問が飛ぶ。気を利かせた配慮か、お茶が君村に振舞われた。相田は種田たちにはコーヒーを手渡した。
「……所属事務所が同じ、担当マネージャーが一緒。こっそりスケジュールを盗み見てしまった、魔が差した!……のです」大きく膨らんでしぼむ。わかってもらいたい要望が他者の利益だったことは少ない。
 熊田が念を押す。「搭乗前に知っていた、ということですね?」
 彼女は力なく顎を引く。軽く差し出された缶をつかむが、握力を弱めた手が下支え、重力に任せ手のひらが支える。
 熊田は続けた。「山本西條さんもでしょうか?」
「あの人は空港です。ベンチに座ってる姿を見かけた。そのときです、閃いたのは」
「なぜ死体があることを知っていたのか、答えてください」
「信じてもらえないですよ。だって私の行動は説明向きの行動と、言えます?聞いてましたよね、ねちっこい私の性格。報道に書きたてれられる、また落ちぶれるって、どうしよう、どうしてくれんですか、あなたたちさえ来なかったら、黙って終われたんだ!」
 まともな会話は難しかった、聴取は日を改めて行う。
 種田たちはスタジオ内の仕事仲間を呼んでレコーディングスタジオをあとにした。マネジャーには事実を伝える、報道機関に対しては極力情報の公開を避けるよう取り計らう約束を彼女と交わした。君村の取り乱した心情に配慮したのである。まだ死体の謎は残される、取り掛かったばかりの捜査状況をマスコミへは流れなければ、と願う。とはいえ、得てしてこうした内部事情はこっそりひっそり人づてに、表に出なくとも確実に広まってしまう性質を有する。
 スタジオビルを出ると鈴木が戻ってきた、駐車場はかなり離れた位置が読み取れる。近くには存在しても満車、という場合も考えられるか。
 種田たちを視界に捉えた鈴木は、踵を返した。それを熊田が止める。
 通りの向かいの年代物の建物で昼食の提案を言い渡した。
 うなぎを食べた。
 初めて食べた。
 だが、種田は発表を控えた。驚きを強要したとは思われたくはなかった。食事に無頓着であるが、これはおいしいと感じた。昔から食べていたから、という遺伝子がおいしさを感じ取った、とは実に不正確な意見に思う。焼いた身に染みるたれに、食をそそる味のバランスが潜むのだろう。
 手入れを控えた庭がとても庭らしかった。切り取られた四角い中庭は飛んで舞い降りた草花がそろそろとひそかに勢いと香りを強めていた。