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追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上  2 ~小説は大人の読み物~

 

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物事を一言で言い表すと、不条理の連続、といえる。「言う」という言葉を四度用いてようやく言えた。ここでもう六回、登場したか。一旦、種田たちO署の面々は北海道に帰還した。謹慎期間が解除された初日に部署を敵視してやまない一人の女性事務所員がもぬけの殻である殺風景な部署内を、幹部の出勤を玄関で待ち伏せしたのだろう、報告。上層部に知れ渡り、彼女らは事情説明のため都内を離れることになったのだ。警視庁とO署の上層部への伝達は滞っていらしく、今度は一週間ほどの今年二度目の謹慎、しかも署には出向くが、仕事には取り組むな、という無茶な指令に従う破目となった。そうはいっても彼女たちは現れた死体を議題に、積極的に問題の解決、いや非常に興をそそる暇つぶしには最適な謎が実に時間の消費に役立った。暇を持て余した、という自覚はむしろわずかにしか感じなかっただろう。また、鈴木と相田は合わせて三キロの体重増を報告していた。どちらが増えていないか、というなんとも低俗な争いを医務室の体重計を持ち出しまで、朝晩の経過を競い合う始末だった。
 謹慎を乗り越え一週間後。上層部の理解がやっと及び、捜査の解禁と辞令を受けた。
 再び都内。捜査に取り掛かる。あいにく警視庁は他の事件が手が離せないとのことで、この一週間に事件は何一つ進捗は見られなかったそうだ。手元に届いた捜査資料は種田たちが収集した情報よりも新鮮度と質が劣る、大半が搭乗関係者の基本的データと、空港内に引き止めた帰国直後の聴取である。憶測だが、アメリカ当局が発表した捜査結果を覆したくはない警視庁の心理がうっすら垣間見えた。
 種田たちは、次の行く先を決めかねていた。ハンドルを握る相田はレンタカー会社の敷地内から出ようせず、まずは行き先を急かすように後部座席に種田と鈴木に苛立ちをぶつける。彼は行きの飛行機内で隣の乗客に睡眠を妨害されていたのだ、四つはなれた前の席まで聞こえる破裂音のような鼾に早朝第一便の機内、そのフロアの乗客はほぼ予定を狂わされたことだろう。ちなみに、種田は耳栓を用意していた、そのほか乗りなれた乗客の数人も種田と同じくノイズキャンセル機能つきのイヤホンを使用するなど、各自のパーソナルスペースの確保に工夫を施していた。
「アイラ・クズミさんですよ、もちろんですし、当たり前ですよ。俄然、僕ははりきります」鈴木は事件現場の機内で行われた上空機内ライブなる催しの出演者であるアイラ・クズミ、という若手女性歌手のファンなのだ。敬愛、という表現が適切だろうか。憎むべき、嫌悪の対象、種田は彼女をそのように位置づける。
「面会はおそらくだが、断られる」助手席の熊田が呟く。窓を開けていた、この車は喫煙車、彼の行動は車種を決めた時点で許可が下りている。
「私も同感ですね。考えても見ろよ」体をねじり、相田は鈴木に言う。「殺人の容疑は向こうの警察が晴らした、帰ってきた空港で会見も開いた、申し開きをこれ以上求めるな、そういう意思表示だろうよ」相田がいう会見とは、アイラ・クズミが新聞社、出版社、記者等を相手に真っ向から対立も辞さない、大々的に今回の機内で見つかる死体の出現について自らの口で語るその全容の文書化を申し出たのだ。追いかけられる立場を嫌ったのだろう、計画にしては大勢を巻き込む取り組みである。種田自身、会見は参戦票を投じる。だが、出版に関する規約にまで当人のチェックを入れるとなると、販売許可の申請は下りないのでは、という出版関係者の声が駆け巡り、鎮めた厄介ごとが再燃するのでは、と考える。
「けど、僕ら警察の取り調べですよ。ええっと聴取した内容は、うん、見てくださいよ、ありきたりな個人情報と、死体を見つけた状況の説明のみです。十分とはいえませんから、詳細を後日尋ねても特段おかしくはありませんよ」鈴木は持参するショルダーバッグから捜査資料を取り出していた。百三十名分の乗客名簿。
「アイラさんのだけはスケジュール表のコピーが添付されてますよ。帰って早々にまたライブですって」
「貸してみろ」
 空港に到着した種田たちはまず警視庁へこの名簿を受け取りに出向いた。彼女たちは警視庁近辺でレンタカーを借りる。その前の移動は地下鉄に乗った。上司である熊田の判断に部下たちは従う、よって時間の読める交通機関がおのずと選ばれた、という具合だ。