コンテナガレージ

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犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB  1

「ある方の依頼を受け、あなたが主催されたツアーの内容を調べております」キクラがいつも座る肘掛とキャスターのついた椅子にアイラは座る、十和田へそれまで腰掛けたソファの端に座ってはどうか、と彼女は手を差し出した。彼を見上げる。
「出版関係から漏れた情報ですね?」
「依頼主のプライバシーに抵触しますので図々しいとは思いますが、申し訳ありません。公表は控えさせてください」
 軽く頭が下がる、会釈にも通用する角度。
「あなたが私の情報を聞き、そして獲得したそれらを保持、公開禁止の約束。会見と同様のリスクを負ってもらます。契約の締結を了承していただくほかありません。さもないと、この場に滞在する権利を私はあなたから剥奪しなくてはなりません」
「契約違反には罰則金の支払いが課せられる、それならば……」
「いいえ」アイラは遮る。「私が今後、現時点で決まる、数年先のスケジュールを消化して得られる、過去の水準と照らし合わせた獲得賃金をあなたに全額支払っていただく。また、情報の秘密を公開した、その事実を公に打ち明けることも同時に課す」
 大げさ、十和田は顎を引いて頷いた。「なるほど、だから会見の記事がいまだに世に出回らないのですね、及び腰だったのか」
 見覚えのある顔だ、時折感情をにじませる表情はどこかで出会った記憶だ、……私としたことが思い出せない、ずいぶん古い記憶かもしれないな。ただ、記憶の探索がそれほど活発でないことを鑑みると、記憶との一致を果たした微々たる成果は他人の空似に収まるのだろう、アイラは相手を見据えて思った。
 契約書にサインを書かせた。ギターケースから取り出した折りたたむ線が目立つ用紙。
 質問を受け付けた。
 演奏中、観客が発した「死体」という発言内容について答えた。
 コーヒーを含む、スタジオに彼女が一人残る。ここは彼女の仕事場、来客が居座っては相手を来客とは呼べないではないか。だから帰還を促した、という弁明も一応対外的な対処用に備える。
 それにしてもなぜ、君村ありさは「死体」のことを口にできたのか、憶測ではないだろう、確証があった。
 控え室のハイグレードエコノミーフロアへ出入り可能だった人物が外に漏らした。
 怪しい者、今回のツアーの発案者とでもいうべき、都内のライブハウスやコンサートホールを貸しきった人物。
 目を引く君村が選ばれた。正当性は?秘密を受け取る隙を作れただろうか。
 客室乗務員は死体を発見すると私たちを座らせた。大谷奈緒、長身のその直後気を失った人物だ。もう一名の客室乗務員田村ゆかは、機首側から姿を見せた。そこで再び、機首にとって返そうとしたが、着席を彼女も命じられたのだ、規約を守るようにいわれて。……待てよ、アイラは斜め上を見る。乗客の気分を宥め場を繋ぐカワニを呼びに、客席の状況を確かめていた田丸ゆか。彼女は客席に顔を出したのか、それとも担当の客室乗務員に状況を聞いたのか、通路はカーテンで仕切られる、カーテン越しは通路側の席が見える程度で客席の全体の状況は読みにくいはずだ。君村ありさたち乗客にサインを送ることは不可能とは言い切れないのか。
 勿体無い。
 アイラはそこで現実に切り替えた。
 作業机に移り、新曲の構想に取り掛かる。曲のストックはしない主義だ。アイラの日常は彼女のコンスタントな作品の量産によって成り立つ。
 コーヒーとギター、たまに腕組み。着々と作業を進める。
 面倒で荷が重い、走り出しに取り掛かる、考えが浮かばない、と人はいう。
 浮かばない、という現状からまず把握するべきが望ましい。
 培った感覚で捉えすぎている、それはつまり見させられているのだとも知らずに。
 死体も誰かの意思だろうか。
 今日は誰も来ない、私一人。
 けれど、ドアが開いたような気がした。
 昨日の私が、今日を操る。