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犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 3 ~ミステリー小説~

どっと、葉巻の煙が顔の周りを取り巻いた。髭の男性は紳士よろしくわずかに顔を振る、上下に、そして髭に隠れる小さい口を開く。「模倣、ははは、これは予見されましたな。対策はいわずもがなの放置、迎え受けるは精微と対応力にリーズナブルな価格。国内に限った死を世界に広げてしまうなどと、彼らにはにわかに信じ難いのでありました、はっははぁ。現地に赴くこじんまりちまちまと直接手を下す方法を描いていたのですから、まあ間接的な手法など当時は思いも寄らない。それでもネットワークの整備はしばらく対敵だった、利権を脅かす時期が訪れましたなぁ。とはいえですぞ、受注は我々が今も尚、一手に担う」
「優位性は皆さんの知るところ、もったいぶらないで」空気が揺れている、視界に立ち上る煙、右の一人は深まる闇に溶け入る。
「広告塔に起用するアイラ・クズミの成果は非常に芳しくない。方針の転換が私どもで持ち上がっております」
「浸透を焦る、浅はかでは?」彼女が言う。
「短い期間に多数の死をこなさなくては。彼女にかかりっきり、おんぶに抱っこですと取りこぼし、生き延びる対象者が発生しかねない。由々しき事態を見過ごすわけには、いきませんでしょう?私は予見をしてしまった、対策は講じる。そのための召集ですぞ」
「……大量と少量、ロットを取りかえればいい。望む者の死を見せ付ける、人は寄り添う、前例に倣う、そうして良いのだ、と確証を強める。大勢に感化される者、局所的な集団に重ね合わせる者、たった一人の特定の人物に呼び覚まされる者、死は誰かと共にある」伏し目、穏やかな語り口の男性は空間とずれる。妙に存在が引き立った。
「大勢を一度に殺すことは容易よね。だけれど、事後処理が後を引く。追及の手はひっきりなし、断続的に訪れる」女性は灰を灰皿に落とす、二度リズムを刻む。「その点、私たちの手法は事前の準備に手間と労力を惜しみなく注ぐ。死の理由を知りたがるのは、残された者たち。答えが用意されていることは彼らの足を止める。もっと言えば、納得のいくそれらしい解に多少の労力を添えて提示してあげると、見事に疑いは体内で溶ける。大勢を同時に殺す、似たような死の理由は宗教組織や特定の思想が筆頭に上がる。これは理由が容易に作れはするけれど、耐性ができてしまっては追求は収まらずに続くわ。しかし、大勢を集めた場での仕事はこれから増えるでしょうね、対策は必要ではある」
「具体的な策でも?」十和田はきいた。切れ長の女性の目は猫のように鋭く明るい、闇で捉える視覚を宿す。獲物を捕らえることと、危険を察知する機能の両面を備えた瞳だった。
「受身。正体を見破られた、そのときの保険」男性がいった。
「我々の罪をかぶってもらうのですな、アイラ・クズミに」髭の男性が程よく微笑をこぼす。
「そう」女性はつんと言葉を吐く。「アイラ・クズミは今後世界の覇権を握る。彼女は争いを避ける、卓見を備えるわ。なんにでもなれたでしょう、しかしあえて使わずにいる。ある角度から見える底の深さが人気を呼ぶ。彼女自身割り切るのでしょう、仕事であると。曲が売れる、第一の条件をクリアするにはそうした不道徳で浅ましい活動を行う、堂々とした宣言を逆手に取るのね。誠実でいて排他的、このバランスが後を引く」
「かなり入れ込んでる、私にはそう映りますなぁ」髭の男性は女性の迎撃にひるむ、煙を吸い込んでは吐く、葉巻の先が赤く居場所を教える。「うおっほん。とはいえですぞ、彼女の近辺に死体を作り出して、死と彼女とを結びつける行為は彼女の神聖化を早めるように思いますよ」
「アイラ・クズミとの関連を少数が感じ取れれば幸い。調節は可能です、私たちの管轄ですもの、死は私たちと共にある」
「臓器提供、交換の情報は?」男性は冷たくいう。
「不摂生な人物は欲深い、無駄に時間を過ごす性質を見直すべきとの考えに至らない」彼女は嘆く。「ご質問については私から直接そちらへ情報を流します」
「わかった」物分りのいい、従順な犬。男性がこちらを見た、心を読まれた気がした。経験とは感度を高めるらしい。全身に汗をかいた。
「適度な距離を保つ、肝に銘じてくださいよ」髭の男性が言った。アイラ・クズミとの接触を指すのだろう。
「彼女が僕の存在に気づいてるとは思えません。どちらかといえば僕ら側、警察の調べは距離を縮めますよ」
「用件は済んだ、先に帰らせてもらうわ」
「では次に」
「最後はあなたが。来て間もない、怪しまれます」
 ドアが閉まって、女性のタバコが灰に消えると男性が退出し、パイプを咥える対面の人物としばらく歓談をした。外の様子について尋ねたのだ。気のせいではないか、とあっけなく言われタバコに火をつけた。女性の灰皿を引き寄せる。三人目が室内を発つ。腰を上げて室内を出た、咥えタバコ。施錠は誰が、過ぎった心配は取り越し苦労だろう、組織の誰かが始末をしてくれる。
 ここから別世界、はたまた現実世界か、定常はどちらだったか。まるで異空間に誘い込まれたとしか思えない。明るさが階段まで侵入を果たしていた。路上はにぎわう、人が行き交い、車の流れ。十和田は階段を振り仰ぐ。ドアは見えない。
 消えた、体内が告げた。確信がもてた。空気を吸い込み、外にまぎれた。