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論理的大前提の提案と解釈は無言と一対、これすなわち参加権なり 1~無料で読める投稿小説~

部長の話に耳を傾ける。「機内が死体の発見場所となった。争点は、いつ、どこで、誰に、どうして、どうやって殺され、荷物棚に担ぎ上げられてたのか、ということだった。これらは互いに補完関係にある、当然といえば当然。ところが、通常我々が目にする死体というのは大概凶器の形状、凶器そのもの、つまり証拠品が手に入り、衣服や被害者の死亡時刻、死亡までの生存における行動などから、おおよそいつどこでどうしてどうやって、という疑問は解消される」
「どうして、と誰に、は密接な関連が窺えます」種田が大胆、上司の発言に訂正を入れる。「したがって、どちらかの判明はもう片方の解明が妥当な見解です」
「一般的にはそうかもしれない。ちなみに聞くが、今回の事件、犯人の特定にその二つの疑問は片方の解明からもう片方は導き出せたかい?」
「いいえ」
 そう。"どうして"と"誰に"は一緒くたに種田たちへなだれ込んでいた。
「たとえるならば、一枚岩だ」部長はおもむろにさも日常の行為であるかのように、引き出しを開けて灰皿を取り出した。種田への許可申請はなし。「横に縦に、上にも大きく、人によっては土に隠れた部分を見過ごす」
「隠された部分が、事件の核心ですか?」種田がきいた。核心……不用意な発言だ、彼女は自身を嗜める。核心といえる対象が事件の一部や、全体に見止められたとすれば、これほど解決に時間を要することもなかった。つまり、核心はなかった、という考えにいたる、実際に至ったのだ。
 滞在を引き延ばせ、種田は胴体内部へ告げる。
 黙々と作業が繰り返される。タバコを咥えるものの部長は、火は点けずにいた。
「鈴木はタバコを吸ってから来るな。コーヒーを待つべきか、いっそのこと先に煙を吸い込むのも悪くはない、むしろちょうどタイミングは合うかもしれないな、うん」
「部長」
「隠された部分、これは種田が言う事件を紐解く鍵が通常の事件同様、進捗する捜査の段階において一つ一つ明らかにされるのであった。しかし、実際は様子が違っていた。生存を疑う白に覆われた死体、飛行機内と発見場所の荷物棚、加えてそれが眼前に転がる特異な場面設定、と通常はこの三つが解決に役立ち、導くだろう。異常であるが故にだ」部長は火をつける。薄っぺらいマッチは摩擦熱と塗布された丸い先端とで化学反応を起こす。煙が吐き出されて部長の言葉はそれを追いかけるように口を這い出た。「ところがです。死因に絡む他殺、自殺の判断をまずはお預けに、次に死体をどのように荷物棚へ持ち上げたか、さらにはその前段階の搬入にも不可解さが蔓延った。機内への持込は頻発するテロ事件以降、厳格な規定が定められた。人を運び入れるなどはもってのほかだろう、論外とも言える。荷物はエックス線を照射し、中身を入念に調べられるから、機内持ち込みのトランクに人を折りたため蓋を閉じたとしても検査に引っかかる」
「残された可能性は、生きた人間が自らの足で搭乗した」
「忘れているな」
「乗務員たちが死体を運こんだ」
「もっともそれについても可能性は疑ったのだろう?君たちも」問いかける時に語尾が上がる、話を進める時は書面に見入る。老眼が進んでいるのかも、部長は時折、デスクから顔を引き離し調節を行う。
 鈴木に「まだ、留まれ」と言い渡す。
 部長があげた指摘箇所は幾度も反芻をした、見落としはほぼ、いや絶対にありえない。到着に費やす暇な時間と滞在先のほとんどの時間を考えうる状況、この把握に費やした、と言い切れる私だ!今更蒸し返して疑う隙があるとでも?それとも何度も思い込み、見誤った?私が?ありえない、彼女はかすかに首を往復させた。
「搭乗員、これにはパイロットも含むが、彼らが君らと同様にあの場で死体と初めて面会を果たした、という前提で君たちは捜査を進めた」
「機内で起きたすべての出来事は乗客の証言に基づきます」
「そうだ。どの人物の証言をも信憑性という場では、正しさを標榜する一欠けらすら、存在が否定されてしまう。現場に居合わせたのが六名、割合少数であったことは幸いか、はたまた工作を視野に入れるとかなり危うい本来あるべき現場との乖離が予測される」
「発見後、アイラ・クズミの二回目の演奏まではハイグレードエコノミーのフロア床に死体はそのままの状態を保った。客室乗務員大谷奈緒は卒倒し、アイラのマネージャーであるカワニはエコノミークラスの最後部の座席に座り、動けた人物はアイラの事務所員楠井とスタイリストのアキ、それからもう一名の客室乗務員田丸ゆかの三名です」
「彼女たちの証言は?なんていっていたかな」非情に気に障る、部長は真相を知っているというのか?
 足りない。コーヒーの糖分が欲しい。しかし、鈴木は帰還してくれるな。低回転で転がる思考が焦りを引き連れだした。急げ。早く。慌てろ。
 真相。
 突きつけられた犯人と犯行の一部始終とは別に本質が隠れている。確かに事実と証言と証拠は犯人を明確に言い表すが、そのほかの可能性がすべて排除される、というのは不自然に収まりの悪さは未だ抱える。このように言い渡せば腑に落ちる、目的意識を持った人物の計画通りに進められたのではないのか、と疑いは強まるばかりだ。しかし、そうはいっても反論に徹するだけの証拠なり論理なりは導けていない。ここは我慢だ、耐えろ、種田は床を踏みつけて、発火をくすぶる導火線の煙を断つ。鈴木はまだか、まだだ。内部の咆哮。
 ねじ伏せる。
 彼女は答えた。