コンテナガレージ

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論理的大前提の提案と解釈は無言と一対、これすなわち参加権なり 1~無料で読める投稿小説~

「大谷奈緒は意識を失う前、緊急時のマニュアルに従いフロア内の人間に着席を命じた。そこへ機首側から姿を見せた田丸ゆかに対しても着席を同様に強要。そして大谷奈緒の卒倒によって着席の義務は解かれてたが、残された三名はアイラ・クズミがフロアに戻るまで約一時間半ほどを彼女たちはじっと異質な空間に留まっていた」
「田丸ゆかは機長に知らせに行ったね」部長は鼻から煙を吐く。右手に判子を持ち、タバコは指に挟む。
 音に離れたのか、相田の寝息もだ。煙による神経の麻痺が程よく過敏で過剰に異物を攻撃する本能を沈める。
「アイラ・クズミが演奏に移る前です」と、種田は言った。
 部長はからくり人形みたいだ、凝り固まる首周辺の内部組織を動かし、音を発した。
「あたたっつ。機長が登場してる」
「はい、田丸ゆかはマニュアルを逸脱した行為をとりました。ただ実際、楠井の証言によると、死体が転がり落ちた瞬間、田丸ゆかは前のフロア、ビジネスクラス側のギャレーにいたので、厳密には規則に抵触したことにはなりません。最も近い客席に座る乗客のつま先を越えてフロアに入出、という航空会社の規則要綱が適用されるでしょう。田丸ゆかは現場を視界に取り入れていたが、通路を引き返し、機長に異常事態の報告と対処を求める行動を取れた」
「定石、規則は破られるためにある。事態は不規則で、同じ一面ばかりを見せないことで有名だ、よしっ」部長は呟く、これは私へのアピール。あるいは場を和ます気遣い。どちらにせよ、本質の裏側には変わりないだろう。「機長との協議の末、フロアに居合わせた一同のとった行動はアイラ・クズミの演奏を優先させた。パニックの回避、機内で意見が分かれてしまう、と長時間乗り合わせる乗客たちは互いを憎みあう、ひいては航空会社の落ち度を手繰り寄せる、懸命な判断といえるだろう」
「機長が去り、アイラ・クズミの演奏、この時点で答えてください。死体は誰にどうやって持ち込まれたのです?」
 部長は煙を吸い込む。「持ち込まれた、ひとりでに歩いた、二つの選択が用意される」多少音圧が高まったか、無意識だろう、威圧による押さえ込みがその後の反発の材料に変質することは良く知られた検証結果だ。「持ち込まれた、この場合生死は問わない。対し、ひとりでに歩いた、これは言葉どおり生きた人間の行動だ。チェックインに荷物検査と搭乗ゲート、これらの通過義務を必然的に生きた者に与える。しかしだ、搭乗から到着まで人数の変更はなかった。執拗なほど人数にこだわるのはなぜだろうか?」
「離着陸の、もっとも姿勢維持を要求される機体の左右・前後バランスの変化を範囲内に留める事前の方策です。そのほかオンタイムを心がけるには荷物の積み下ろし、という余分な仕事量を前提に、三つのチェック、チェックインと荷物検査、搭乗ゲートそれぞれに搭乗予定者の現在位置と行動を掌握。荷物検査を通った者の搭乗拒否、搭乗ゲート不通過によっては不要な荷重である荷物は下ろされる」
「離陸後から発見まで死体の居場所はどこだったかな」
 面倒だが答える種田、まどろっこしい。
「荷物棚、です」
 あえて言わせた?
 つまり、死体とバランスを取る同重量の物体がその反対側にあった……。
 彼女は加減を忘れデスクを叩いた、鈍い痛みが骨に響いた。
 なんてことを。
 対面の相田はびくっと体が反応を示すも、一度きりの打音に睡眠が意識を連れ去る。
「ギターですか?」種田は尋ねた、不本意だ、尋ねたくはない、けれどこのまま確かめずいられはしない。浅はかな過去を存分に罵って、改善に努めろ。珍しく私が怒り、私が叱責を受ける。
「どの程度の大きさかはわからない。音楽は縁遠いもので、皆がギターを手に取る姿がどうにもねえ、こう流されているようでね。……ギターに限ることもない、楽器という括りであるならば許可は下りただろう。貨物室に積み込む荷物は乗客よりも先に移される。床下や胴体後部に搬入される荷物をだ、乗客を迎える前、積み込みの後に成人男性と同重量のそれを死体の見つかるハイグレードエコノミーフロアへ移し変えた」
「客室乗務員たちの証言は正当、という前提でしたね」種田は再度確認をした。眉間に皺がよる。
「そうだ」
「不審な荷物の移動を黙認した、つまり彼女たちの証言は正当性を欠きますが、いかがでしょう」
「彼女たちにとってそれは何に思えたんだろう」書類をめくる、指をなめる、皮脂が乏しい。
「ギターです」耳をふさぎたい、だが真実を知りたい、私が見落とした事実だから。