コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

ただただ呆然、つぎつぎ唖然 4

柔和な右側と辛辣な左側、ミツキは息を呑む。反論する手立ては粉々だった、とっておきに温めた純真な私がぺしゃんこに返ってくる予測しか立たないんだ。泣きはしない。それはずいぶん前に卒業した昔だ、戻ってはいけない、前だけを見つめる。この人にだけは、彼女は拳に力を、右を手始めに左、歯を食いしばり、丸腰の決意は瞳に感染、背筋を伸ばして首をキリンのように引き上げては、へその下に丸々と渦を巻く発熱を覚えて、返答に踏み切った。
「私が所有するのではありません。私は所有物、管理される側です」
「上手に躱しましたね。それでは、もうひとつお聞きしましょうか」まだ続くのか、だが回答を重ねてゆけば、あの人にたどり着く。一縷の望み、初めて使った言葉の違和感にさいなまれながら。右側の頬が向けられた。燐粉を思わせるキラキラの粒たちが周囲の光を集める。そういえば、球体状の照明はここまで見ていなかった、と彼女は思い出す。
「会えた、という過程の話だ」黒い色素が右顔面を蝕む。「空想で終わる想像だ。お前は、あの人へ『ご主人様何なりと』、指示を仰ぐのか。要求を受け止める管理される者とは、意思を捨て去る生き物よ。すぐに捨てられることだってありうる。いいの?あの人に会ってそのまま、目の前に現れるな、二度とその汚い面を見せるなって言われて。面会に意義があると?私は、これっぽっちも思えないのよねえ」悪い方が楽しそうに、感想を吐き出して問いかけた。 
 正論だ。この人は自らの失敗を発表してしまう強さを、蝕む痛みを受け入れる。体を食べさせ、生きる。
 負け、浮上をためらう反論。あの人と私。私は食べられる側。手をつけられず、生ごみ入れに捨てられても文句は言えない。だって、ごみは無口。
 相手も捨て身。何より怖いのは自分と似ている奴であること、いつだってそうだったではないか。裏をかいた、心理戦。すべてが表、身を食らい、食わせる。何たる精神。見つめてる、こっちを、穴が開くほど、動作から私を計ろうとしている。肩が上がる、緊張の証。
「さあ、お答えになって」傾く白い頬、人形の丸く一点を見つめるビー球。「私にも用事があるのっさと言え、降参のしるし、白旗を振ってもいいぞ、けけけ」振りほどいた髪に乗じて暗黒に切り替わる。「さあ」「ほら」「どうしたの?」「おじけづいたか」「認めなさい」「不甲斐なさを」「いいかげんにして」「はやく」「ねえ」「おい」「もういいでしょ」「強行策に出るぞ」「急いで、どちらかを宣言するのよ」「カウントしちゃうぞ、お前がいけない」「引き返しなさい、チャンスはめぐる」「一回きりだ、これっきり。人生は一度きり」「ああ、まずい」「決めろ」「そうよ、それでいいの」「見損なった、もっと骨のある奴だと思ったのに。とっと帰りな、あとが詰まってんだ」「最終警告よ」「はじまるぞ」「いいえ、終わり」「ブー、時間切れ」
 ブレーカーが落ちて、視界が奪われた。