コンテナガレージ

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至深な深紫、実態は浅膚  1

 

 十月二日木曜、天候は艶やかな秋晴れの青。空が高い、空気がおいしい、と口にしたくはないが、長引いた東京暮らしを言い訳に、ついうっかり無意識に口をついてしまいかねないのだろう。しかし、私には抑制が働く。

 空港に降り立つ、ギターは機内に持ち込めるよう機材専用席をあてがう。事前にチケットの手配の段階で了承を摂っていた。手荷物はなし、シャトルバスに乗り、発着ゲートを抜けて空港内を歩いた。ハードタイプのケースを提げたアイラは、ステッカーは貼らずに、無地の状態を頑なに守る。だって、海外に憧れた時代はとっくに過ぎ去った前世代の流行だ、取り入れるなら便利になった端末で刻まれた言葉の意味を読み解くといい、正面切った意味合いか、機をてらう、もしくははねつける態度なのかを。 

 マネージャーのカワニは一日早く現地入りをしていた、自動ドアを二枚潜った先は、閑散とした車止めの乗降エリアだった。飛来するエンジン音をミュートしてしまうと、数百メートルの前に広々視界を牛耳る有明海とがっぷりよつである。無論、人口密集地を避けた空港の設置場所なのだから、必然的に空港周辺は海か埋立地に続く陸地、あとは平原が予想される。想像を超えた空港と海の近しい距離感に、アイラ・クズミは目を見張った。

「こちらでーすぅよー!」声のするほうへ体を向けた。アイラは変装の類をしない。声の主をカワニと瞬時に認識したのは、彼が名前をあえて呼ばなかったことに起因する。しかし、あれだけ声量を出してしまえば、その配慮も無残に散ってしまうことに彼は理解が及んでいない、それどころか、とにかく現在はいち早く私を見つけ、車に押し込めてファンから逃れる手筈で一杯一杯のようだ。

 マネージャーのそういった心配をよそに、ファンの姿はひとっ子一人見当たらなかった。これは事前にカワニが考えた作戦の効果といえるだろう。これから向う会場はある歴史的に名を残した人物の記念館らしい、生誕八十周年の記念に施設利用が限定的に許可された情報をカワニが聞きつけ、ライブの使用にこぎつけたのだそうだ、自慢げに話した数日前を思い出す。会場の選択権、アイラはその行使にまったく興味を示さない。九州を廻るライブツアーに必須の約束事は、事前に取り決めがなされていた。