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至深な深紫、実態は浅膚 1

話は一ヶ月前に遡る。

 縁遠い会場、人数の制限、一人一県一度きり。これらの達成目標を叶える会場であれば、古びたライブハウスも大歓迎、しかも場所は当日までこちらに知らせない、と私が提案をした。カワニは表情と態度に受け入れがたい心理を表していたが、「まとまりました」

 事務所と折り合いをつけた彼が、数時間後に言い放っていた。腑に落ちない表情を私に悟らせようともしていた。アイラは訊ねようとはしない。そしてカワニも、事務所側が納得した理由を伝えようとはしなかった。

 事務所の思惑は放っておいた。目につけば、約束を振りかざせばいい。都道府県のどれかは、大きな会場を選んでくる。集客と出費のバランスが取れさえすればだろう。私は歌えたら、それだけである。次の会場と土地はその日の朝に知る。だから、私は当日に見知らぬ土地へ向うのだ。

 通常ではありえないツアーの初日が始まろうとしていた。

 白塗り、マイクロバスより一回り小さい車両に乗り込む。到着時刻は約三十分前後、うきうき高揚するカワニが聞いてもいないのに情報を伝える、彼は気を利かせて後部座席の二列目に座る、アイラはその前、運転席の後ろに乗り込んだ。

 事務所の猛烈な反対意見を押し切った形で、アイラはライブに望む覚悟だった。事務所側はデータの採取がどうにも気にかかる、理解に苦しむらしい。もちろん、彼らの言い分は納得できる。周囲約一キロ圏内のごくごく狭い範囲しか見えていない、これは数年後を見据えた方針には到底思えない、と私は強く反発した。そう、大胆にあえて衝突を狙ってね。事態は悪化、ツアーの話は流れそうになった、白紙がちらつく、昨年の売り上げに便乗したい、という事務所側の意向を真正面から切り離したのだから、怒ってしまうのも無理はない、もっと丸く主張を控える物の言い方を私は学ぶべきだろうか。山彦が返る。「いいや、必要ない」

 心が失われた歌を人は求める、つまり外側、フォルムや洋服、顔・容姿、その人らしさを手がかりに、他の感覚器官を自ら捨て去った世界が現在にはびこる。そう、これが、私が職業として息をつなぐ音楽業界の実態なのだ。

 喫煙の許可を運転手に尋ねた、チャーターとはいえ、借り物である。マネージャーは当然禁煙車を用意している手筈だろうが、手違いによる禁煙車内での私の不躾な喫煙が広まりかねない。知られても構わないのに、数々の失態の犯すカワニの手前だと私は少しだけ慎重にそして世間に寄与する、落ちぶれた、あるいは劣化にかたくむ私の変化、とアイラは自らを裁定した。