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至深な深紫、実態は浅膚 5

 不破が頷く、私の反応を予期していたらしい、会話のやり取りを愉しむタイプか、ある程度予測を立てて行動に移す傾向、破綻をきたすと途端に立ち止まる、とも言い換えられる。アクシデントに弱い。堂々たるの立ち振る舞いや落ち着きは重ね続けた類似の経験という昨日と手をつないだが故のかりそめの安心感。神経質な性格は身の硬い線の細さに由来する。

「殺害の痕跡は背中の刺し傷。呼び出されたところを一突き、背後から近寄ったと思われます」

「なぜ、私が呼ばれるのでしょうか?」基本的な問を尋ねてみた。なぜなら、このまま拘束がだらだらと引き続き、有無を言わさず連行とも思える叩き起こしの説明がもたらされない様相を感じ取ったからである。

 刑事から視線を外してもう一度、アイラは死体を見据えた。

 やはり、知らない顔。演奏の最中にお客の顔を覚えてはいられない、いいや記憶に留めているけれど、体力の枯渇が積極的に接続を拒んでしまう。

「あなた宛の手紙が所持品から見つかりました」しゃがんで鑑識を手伝う、死体の向きを動かす土井に不破が促した。ホールの端、壁際、銀色の硬質なケースをテーブル代わりに見慣れない器具を取り出す鑑識の一団から、土井はビニール袋を受け取りに、そしてばたばた、響かせる足音を携え、こちらに引き戻った。いつの間にか填めた手袋、受け取った不破は気だるそうに薄紫の用紙、便箋のみの手紙を差し出す。

 なるべくならば拒否したい接触、読みあげて欲しい。しかし、アイラは思い直す。他人の筆跡を目にして、忘れかけた過去に出会った人物の筆跡を思い出せ、とでもいうのか、それとも書かれた内容が私を講堂に連れ出し、死体を見せ付けた答えとなりうるのか……後者のほうが若干、可能性はわずかに高い。

 不測の事態とはこのこと。通常に変化を加えるときほど、慎重に慎重を重ねたつもりが……アイラはあくびをかみ殺す。完全に九州へやってきた目的を逸脱している。本筋への近道、そのために状況の把握に努めなくては、彼女は切り替えて、素直かつ迅速な応対が最善策、と状況を読み取った。

 手紙を覗く。背後からカワニも手紙を覗き込む、彼の熱を首筋に感じた。

 さっぱりとした紙、私と同年代で手紙を書く習慣は珍しい、そのためか、便箋はいたって質素であり、質感も良質と一線を隠す。緑の罫線が引かれてる。花柄や華美な装飾がない、安物を買ったのかも。

 衝撃的、私を殺人犯に仕立て上げる揺るぎない証拠が書かれた、とは正反対の平凡な内容だ。私のファンを公言、二人以上の集団に向けた報告、あとは私を過剰に神聖視した奇矯な精神が読み取れた。

 これだけで私を現場に呼び戻すだろうか、府に落ちない心境が依然彼女の体内に渦巻く。