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至深な深紫、実態は浅膚 5

 顔を上げた彼女に不破は蛇のように、またはカメレオンのように、皮膚の冷たさを視線に込めた。「何か、気がついた点があれば、正直に今のうちに話してください。後々になってしまうとあなた自身の生活が脅かされるかもしれない」

「脅しですか?」

「互いの利益になればと、思ったまで。そんなに怖い顔をしなくても、なあ、土井」土井は彼女の存在、職業を事前に知っているようだった、顔を即座に逸らしたのは、彼の性質とは異なって、単に映像の私との現実感の対処に追われてるのだろう。講堂内に入って感じた視線の正体は、なるほど土井と同様のいくつもの過剰な認識だったことがわかる。

「アイラさんが現場に出向く必要性はないって、訴えはしたのですが、聞き入れてもらえませんでした」カワニが不満を漏らした、所属歌手の立場を守った行動を主張しているように思える。

「マネージャーさん、現場に来てもらったのは、それだけではありません。こちらへ」

 促されるまま、アイラたちは右手の窓に移動した。死体の下に轢いたシートの説明を刑事はあえて伝えずにいた。つまりあれは、警察が現場検証を一通り終えたサインであり、死体を動かして文化財の価値を守るべくシートを轢いた、という結論に彼女は至った。

 窓だ。土井が手際よく、窓を開ける。窓という名称が正解かどうかは疑わしい。というのも、窓は両開きの造りで、蝶番が上部と下部にそれぞれ両扉に取り付けられた様式、ガラス扉は左側に黄土色のかつての黄金の輝きを放った取っ手、その残滓が古さと時間を物語る役割を果たす。両方が合わさる面の右側の扉にストッパーが付いている。解除すると、当然こちらも開く造りだ。

「コンサートを終えた直後にこちらから、出られた。あなたは玄関口を廻り、楽屋に入った。間違いありませんね?」不破がきく。

「はい」アイラはしばらく話に耳を傾けると意志を固めた、不可解な点はのちに放出したらいいだろう、ここで怯まれて回答に窮したら、引き止められたときに振りほどく強度が弱まる。

「入場の手法は?集めた証言では、ここは容量を超える観客でひしめいていた。二階へ上がる階段の真裏が玄関とホールをつなぐ唯一の導線です。上半身が飛び出てしまう高さのお客を囲う柵は出入り口間際まで押し寄せた」

「私は先に入りました。幕で囲ったステージの裏で待機していたのです」