コンテナガレージ

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至深な深紫、実態は浅膚 5

「会場に出入りが可能だった私とスタッフすべてに、ライブの撤収の際になんからの工作を施し、夜間に忍び入り、殺害を企て、偶然管理人に見つかり、施した細工で窓を屋外から閉めた。私たちはホテルに滞在していました、それを証言する人物はいません。ホテルと記念館までの所要時間は三十分程度、往復で一時間、加えて侵入と殺害、被害者との会話もしくは一方的な言い渡し等を鑑みると、合計で約一時間弱の時間が必要になる。ホテルに帰ったのが午後の八時。そこから怪しまれずに車両を使いホテルを出発、到着後すぐに戻ったとして、午後九時半。犯行時刻と殺害時刻が一致する見方を取り入れて、午後の十一時前後に合わせてホテルを出たのか、それともホテルに戻るなり、部屋を出たのか。私が犯人なら疑いを残す危険は冒さないでしょう。ライブの前後では打ち合わせが行われます、マネジャーが部屋を訪れることもしばしば、ロビーに降りたりもします、滞在先のホテルは裏口が存在する格式には見えなかった、車は屋外の駐車スペースに止める、そう、しかもです、車両はどこから調達したのか、タクシーではこうして調べが進む状況を想定したのであれば、懸命な人物は二の足を踏む。反対に、捨て身の犯行、突発的な衝動に駆られたといえるかもしれません。では私は呼び出されたのか、それとも自ら足を運んで、偶然被害者と会って殺したのか。凶器は相手が持っていたのでしょうか、それとも私が?私の熱狂的なファンであるその理由の一点をついた推測は、思うに推測の域を脱しきれていない。筆跡鑑定を待って彼女の字体を判定するのでしょうけれど、字に長けた人物は人の筆跡をよく真似ます。もちろん完璧ではない。しかし、他人が書いた文字を本人の所有物に忍ばせたら、疑いは薄まる。よく喋った私に免じて、どうぞ反論があれば、つまり私をまだこの場につなぎとめる私を納得させる証拠なり言い分なりをおっしゃってください。疲れています、眠いでしょう、警察の方々も、私も、マネジャーもです。部屋で見た時計の針は午前の一時を指しましたからね」

 時が止まる、という言葉どおりの体験が唯一、叩き起こされたベッド上の体感に感謝を示す。かつてない字面と現象の一致であった。不破と窓際の土井、二階の窓から這い出す上半身の鑑識や、テント内の捜査員まで、人が発する人体音が世界を作り上げているのだ。なるほど。

 アイラは記念館の正面に不破を促して、ホテルへの輸送を無言のまま指示を与えた。スーツ姿の捜査員が呼ばれて、曲線を帯びたセダンが方向を切り返し、彼女は後部座席に揺られた。

 今度は月が見えた。さっきは後方だったので見えなかったのだ、月はあのときもじっと浮かんでいたに違いない。