コンテナガレージ

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黄色は酸味、橙ときに甘味  1

  イレギュラーに開催地をニ箇所、十月第三週は廻った。

 火曜日に鹿児島県で開催、木曜日は二箇所目の宮崎県へ飛び、お客と対面を果たした。どちらも、かつての近代日本を支えた商業会館であったらしい。

 アイラ・クズミは詳しい建物の歴史に興味を示す余裕があったのなら、彼女の性格からして観客に届ける歌声とギターの響きを入念に限られた時間内にて空間に寄り添った音を模索する。これに勤めるはずだ。

 実際には建物の外観を仰ぎ見た程度で彼女は与えられた資料や建物の使用許可を出した市役所の担当者などの説明を聞き流す態度を終始一貫した堂々たる立ち振る舞い、建物の使用許可に応じたお礼はマネージャーのカワニに任せて、館内の空間と格闘し入り浸った。

 長距離移動という退屈な時間を味わう。

 しかし、どうにも回避は難しい。移動車の後部座席に身を任せてはいるのだが、移り変わる景色に一喜一憂するカワニを尻目に、彼女はただただ時間の経過と手を組んだ。

 現在は、宮崎のライブを昨日終えて早朝の六時にホテルを発ち、それからかれこれ三時間後の高速道路上である。

 移動車は遅い軽自動車を左手に、左車線へと戻る。

 それから、宮崎県で起きた住民運動と、それを取り囲むマスコミの車両が引き起こした渋滞に、二時間が費やされた。

 インターに入る前、ホテルを出た直後にカワニは、食糧を買い込んでいた。一紙のスポーツ新聞と全国紙が助手席と運転席の間に放り出だされている。彼が暇を見つけて読み込むのだ。私に関する記事のチェックだろう。

 アイラはめったに取得しないはずの文字をおもむろに視界に取り入れ、摂取した。新聞を手に取る。

 ぎょっと運転中のカワニがこちらに異質な動きに気付いた。

 アイラは言う。

「前を見てください。預けた命の代償を死後の世界で支払われても困ります。そちらの世界はあなただけの価値観に」

「……新聞ですよ」カワニが正面を向いて、さっと二度、顔を素早く動かした。気になるようだ。

「ええ、わかっています」アイラは伸ばした上半身と左手を引き戻して後部座席に座り直す。後列で寝息を立てる小柄なアキが窓に側頭部を押し当て、睡魔に誘われていた。目を瞑る姿と短い前髪はまるで子供である。

「ライブに警察が来ていました」