コンテナガレージ

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黄色は酸味、橙ときに甘味 1

「……あたた」

「衣装は特段、三つの選択肢をもうける必然性は絶対ではないの」アイラは衣装を毎回東京に持ち帰り、一公演ごとに三着の衣装をそろえるアキの東京・九州間の往復の所業に呆れていた。プロフェッショナルといえば、彼女の仕事振りは理想追及の完成形に思える。ただし、衣装を着る当の本人がまるで魅せるという認識に無頓着である事情も少しは加味して欲しい。それに、今回のツアーで一人一公演の参加を義務付けてある。ライブ会場の県下及び隣接する県に住む現地のお客を対象とした。当然、住む地域によっては複数の公演と同会場で複数回開催される公演(地域によっては一公演の場合もある)によって参加確率が異なる事態が発生するが、県下の住人を優先的に選出、次に事情により参加辞退を申し出る余った席を近隣の県民に分ける、というライブ形態を取った。そして、参加した者、チケットを獲得した者は残りの公演は不参加となる。

 何が言いたいのかといえば、私が二度、三度同じ衣装を着たとしても、お客には初見の衣装なのだ。

 頑として、しかしアキは譲らなかった。選択は常に複数でなくてはならないそうだ、つまり比較である。

 一つよりも二つ、二つよりも三つである方が、より当事者の好みが高まるのだろう。これが彼女の主張。

 私よりも無口で、仕事に関連する事以外の無駄口は異様に少ない。この間の刑事への発言は私たちを驚かせたと同時に、観測したデータの裏付けがより高まった。無口な人物は喋らないのではない、喋る必要性を現実に求めてはいない、ということ。ただし、速射性の機能に欠陥がみられた、対峙したやり取りは不得意に思えた。軽やかに口をついたアキの喋りは端末に入力した文字情報を起こしたのだろう。