コンテナガレージ

仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

黄色は酸味、橙ときに甘味 2

 水曜日に手紙を開封した。夫と子供の手前、そうやすやすと家を空ける時間、これを手に入れる瞬間は神様の啓示みたいに突如として目の前に、それこそ懸賞の当選みたいにインターフォンを鳴らしては、やあやあと配達員たちと二人掛かりで、にこやかに配送品の中身を玄関先で開かなくても、届け先の住人が飛び跳ねる姿を連想することは必定のはず。

 こうして振り返ると、昨日の出来事は娘に聞かせた昔話に思える。私は困っている人を助けた覚えもないし、人以外をまるで人のように救ったこともまた記憶には刻まれていない。

 前日の火曜日。

 天気が今にも崩れそうな午前中に私の自宅に配送された親展の封筒は福岡までの新幹線のチケットであった。車で私書箱の住所へ行くつもりだった、こっそり貯めたへそくりの解禁を覚悟していたのに……、誰が気を利かせたのかしら、それに私に家族がいることも住所も知らないだろうし。うん、けど、住んでいる場所の大よその特徴は口を滑らせたかもしれない、おっちょこちょいな性格と忘れやすさを兼ね備えたコンバイン?ハイブリットの私。番地までの記載はなく、県名と都市名に郵便番号と苗字だけだった。名前も口走った覚えは……、彼女は掃除を終えた居間のテーブルで差出人について想像を巡らせた。封筒の裏側にアイラ・クズミの見慣れたサインが入っていた、だから私はこれは私宛の、夫にではなく、ひっそり私の開封を願った手紙だと感づいた。彼女はエプロンを外す。こうしてはいられない、すぐに対処しなくちゃ、せっかくアイラのライブ、夢にまで見た、あの人の歌う姿をこの目で拝める、しまいには私も彼女に見られて、瞳の、あの茶色く澄んだ瞳に映ってしまえるんだからさあ。

 しかし、気がかりなんだな。鬼島麻子は焦点の合わない目でエプロンを見ずに手元の感覚のみで畳んだ。

 受け取る現場を誰かに見られるかも、

 だったらどうだっていうの?

 私は遠出をして手紙を受け取る、夫と子供に隠れて不倫に勤しむ度胸はさらさらない。子供だって、保育園には自分から行きたいって言い出した、私が日中、日がなごろごろするためだけに高い月謝を払っているのなら、子供と戯れて共に過ごしたほうが有意義だって思えたのに。子供が眠りについて、夫が帰ってくるまでの時間のわずかな隙間にアイラの歌が聞ける、それだけで十分だった。ただ、そこに舞い込む地元限定のライブを聞きつけれたら、そりゃあ承知か否かに関わらず夫に無理を言って、子供を実家に預けてライブに参戦するのがファンってものじゃない?

 ああ、こうしてる間にも新幹線に乗り遅れる。私は何かしらの落ち度を常に抱えるのだ、夫は外出の十分早い出発時間を私に告げる習慣。どうかしているのだ、確実に出発までにその十分はいつ何時、一人であっても誰に急かされたときも、たとえ夫の実家に向う場合であっても、約束の時間は魔法のように泡と消える。