コンテナガレージ

仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 1

 凪の薄緑と紺碧の小波と別れ、平野部とはるか遠くかすか山頂付近の霞を羽織る連なった山々に視界が切り替わる。正午前である。午前六時に美弥都は家を出た、平野部に入ってからはものの数十分で目的地に着くらしい、店長は宝の持ち腐れのナビ(午前中雹に見舞われた日、頼みもせず押し込まれた車内でナビが訴える、新しい地図データを読み込む働きかけの明滅を画面右上にみとめていた。CD-RMはシフトレバー後ろ、シートの間の凹みに音楽CDに紛れゴシック体の太字が片手で数えられる乗車回数の私にでも目に留まる視認性である。存在そのものを忘れ景色と同一視に日常の変化と重要度を下げた扱いを車内に与えるのだ、リラックスがハンドルを握る、しかも長時間となれば当然かもわからない、私は車の運転は恐ろしくて死亡率をあげている事実を通勤利用に仕方なしという理屈は時間と工夫を凝らせば可能であるのだ)に一度も電源を入れず頑な態度にも見えたが、道のりを振り返ってそれほど入り組んだ箇所を通り抜けてはなかったか、美弥都は日差しをよけるべく顔の前に手を翳した。道がつづく。丘陵を越えても道は一直線を頑固に貫く。洋上と水平線の関係にどこなく似ている。
 看板らしき表示板が一切見当たらないようだ。住所はこの辺りで正しいのだけれど、店長は田んぼのあぜ道を走しらせ道に迷った事実を認めず周囲にせわしのない視線を走らせる。代わり映えのしない景色は田んぼと遠方に構える連山と天空に漂ううろこ雲や狼煙のような一筋の煙それに時折すれ違い、ときに背後から抜き去る地元の自動車ぐらいで、車外に見かける人影は数えるほどだった。「あのとき道を尋ねておけばなぁ」、店長の負け惜しみ。謝罪の求めは控える。美弥都は遅延を踏まえた出発による大幅な余裕を宛がった、間に合えば文句はないのだ。
 居場所の確かな見かけた畑の住民に尋ねるか、『ひかりやかた』へ連絡を入れるか、私なら後者を選択、即時実行に移してるだろう。過去に固執、こだわりという概念を一切持ち合わせてはいない、彼女は現状における最良を優先に据えられる性質なのだ。となれば店長の立場を弁えた配慮は元来の性質と反するも、それは特急列車に揺られた場合に襲う長距離移動につき物の他者の興味津々のまなざしを受けずそろそろ移動を終えようとする気楽な時間経過の返礼というべきか、美弥都は自身をやり込める解釈を何とかひねって搾り出したという見方もできなくはないのだった。
 田畑に挟さまれた農道を横切る。
 今度は露地栽培の野菜畑に一変した。かまぼこ型のハウスがぱったり消える。
 これからが収穫時期を迎える玉蜀黍の列は穂先が今のところ目立つ色合いをかろうじて保つ、黄色の粒粒は何本か傾けてこちらを覗くよう顔を出すも外側の列が拝めるだけ、もう乗用車の背丈を越えてしまっているのだ。まるで迷路。不安を抱くのは全容がつかめないからであって、地上を移す上空の画像を一枚確認できると現在位置と目的地のおおよその距離感覚が芽生え安心を誘う、都会のビル街に抱く心象と様相がかぶる。