コンテナガレージ

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熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

「程よい食事時など彼女にあってないようなもの」、という説明は抜きにただ一言、「満たされています」、とだけ山城には返した。

 十時を過ぎていたか、飛行機の搭乗を機に一年前購入したアラビア数字の文字盤をほのか青白く照らす腕時計で時間を確かめる、見上げる石階段の天辺に場違いで登場の理由を図りかねる呼びかけを待っていたお客がいた。男性、スーツ姿で国家の犬と称される人物がとんとん、不規則な段差の幅におぼつかない足取りで目線の高さを合わせる。汗が相手の額に滲んでいた。

「どうも、どうも。お店に居られなかったのでこちらに出張ってきました」彼は鈴木という人物で店の常連客である。職業はO署(O市中央署)の刑事、特別な捜査を専門とする彼の所属機関らしいがさしずめ厄介者の集まりではないのか、店長は言っていた。美弥都はお客の素性、現状などは一切興味を持たず、彼らが話しかけ聞いて欲しがろうとも記憶に残さない対処を施す、単なる音声、鳥の鳴き声、潮騒と同室にそれら音声記憶をしまいこめてしまう、彼女だから成せる対処法。私は極力身軽でありたい。

「お断りします」先手を打つ。

「いやいや、まだ挨拶しただけですって、いやだな、勘ぐりはよしてくださいってば」口調、仕草が中年女性のそれに移行する場合、やましいことを言い当てられた、と判る。滴る汗を拭い取っても噴出す、高めに設定された室温も深夜帯に数えられる時刻ではくしゃみを誘発する数値が相当だと思う、しかもここよりも暑い、屋外にいたのであればなおさら汗は引くはずである。となるとだ、美弥都は思案顔を作る。彼の体温は長時間高温に晒され上昇、急速を待たず有酸素運動に比するホテル内の喫茶店を目指し急ぎに急いだ、推測が立つ、もしかすると車のエアコンの不具合か炎天下に日中置きっぱなしの車両にこの近辺で乗り込んだ、という一例もなくはないのか。

 彼の訪問といえば、事件が連想される。刑事、その職種から想像は容易い。約四時間の移動距離を誇る遠隔地に刑事がわざわざ息せき切って挨拶もそこそこに会話を求めるとあれば、鈍感な思考をもってしても気づきを避けることは容易ではない。

 美弥都はここ数週間に勤め先のお客たちの会話を解き放ってみた、オルゴールの蓋が開くように音が流れ出す。同時に鈴木へ訪問の理由を一応ではあるが尋ねてあげた。もちろん、要求に応える態度は一欠片ほど、その可能性は残しておく。完膚なきまでに弾き飛ばした末の報復とその処理がもっとも私の作業を妨げるのであるから、まったくもって人とは相容れない。