コンテナガレージ

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熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

 休憩を入れる、決めたら即実行。日井田美弥都はカウンター席に鈴木の着席を促した。お客の目線が平行に近い、すぐに慣れるだろう。
 鈴木はグラスの水を飲み干す。汗が噴出してハンカチは表と裏共にびっしょり排出した老廃物を吸い込みつくす。良ければ、美弥都は袋に包まれるお絞りを手渡した。
「いつもとお召し物が違っても、いやいや見目麗しいです」鈴木は恭しく受け取ったお絞りで以ってごしごし、皮膚がめくれる加圧を込めて顔の汗という汗を拭った。さっぱり、お風呂上りの顔が覗いて、彼はもういっぱいの水を要求した。それら嘘嘘しくおかしな挙動を落ち着けると鈴木は声を潜めていった。咳払い。「ううん、前置きはこのぐらいで。……今日伺ったのはほかでもありません。二年前のここホテル『ひかりやかた』で起き……発覚した事件、いいや、事故なのか、表現が難しいなぁ、そのう、ある部屋で死体が見つかったんですよ」
「練習段階の提供品、あらかじめ宣言をします」話題を摺り替えるよう映るのだろう、美弥都は自らの意思を貫いたまで。自身に忠実なのだ。「一度で私の規定をクリアしなければ、アイスコーヒーはお出ししません。水で我慢をしていただきます」
「ええ、それは……願ってもないことで、すけれどぉ」鈴木は頭を掻く、肩透かしを食らって自分は何を言おうとしていたのかエポケーに陥った。「雰囲気変りました、か?」
「訊いている主体はあなたです」
「ですよね」背に凭せ掛かって彼の二三度視線が宙を泳いだ。スツールの台座は床に固定されていないらしい、一客ずつ独立に据え置いたのか。そういえば、椅子の足場は摩擦音を嫌うのと家具の磨耗を避けるべく、大層高級な絨毯が敷かれていた。リゾートホテル、カウンターのラウンドに合わせた形状、どう穿ってみても市販の品ではない、いわゆる特注品、しかも中東産の絨毯であれば、すくなくとも二千万の値は下らないだろう。
 鈴木は手間をかけ汗を再度念入りに押し当ててふき取る。お代わり、グラスを差し出す。水道から直接提供する水にホテルの宿泊客である道外のお客が示す反応、これにも一応対処を用意しておくべきだろう。さて、どの豆が適するのか、美弥都は背後に彼女の身長の倍もある棚を見上げた。脚立の発注を早速かけるか、明らかに最上段のそれら瓶詰めの焙煎豆はお飾り、入り口の高さからは見下ろす形で眺めは良好であるも、降り立ち傍に立つと聳え立つぐらい距離と圧迫を感じた、カウンター内が要因ともいえる。
 訪問の理由が色恋沙汰を逸れてくれたことは多少慰めになるのか、美弥都は鈴木の説明を試作品の提供相手に仕立て、漸く聞き耳を立てる自らを許した。