コンテナガレージ

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熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

「遡ること二年前の八月の三日、『ひかりやかた』の特別室『ひかりいろり』で男性の死体が見つかった」鈴木は資料を読み進めるリズムと言い回しを適用、美弥都の前に登場した訳を説明する。「死後、二三時間が経過した状態で見つかる。これが少々腑に落ちません。死体の右半身、顔からつま先に至る半分が押しつぶされた跡を残す。こちらが当時の写真です。綺麗に正中線から真っ二つにしかも骨や内部組織が皮膚から飛び出さずにですよ、かなりの不可解、そう言い切ってよいのかどうか、うーん、荒業かそれとも高等技術が適当か……不謹慎ですけど、綺麗なんです。美術彫刻みたいで、ね」
 彼の言うとおり死体の形状は異質ではある。「人」を超えてしまっているため美術品に分類をしてしまった、わからないでもない、ギリシャ人の白い肌にたぎる躍動と同様、静止画は実物をより〝そのものらしく〟強調を手助けする。美弥都は鈴木が取り出したタバコの所在に居場所を与えた。葉巻用のカッターはカウンター内で見かけていた、テーブル席とカウンター席でお客の棲み分けをするのかも、支配人の山城への確認事項を美弥都は記憶する。彼女は灰皿を鈴木に手渡し、写真から目を離した、作業に戻る。
「予約制の部屋なので、二時間前それから三時間前の利用客を徹底的に調べたのですが、主だった成果は得られずじまい。捜査は難航極める袋小路に迷い込んだ。三時間前に死体が『ひかりいろり』にあると二時間前の部屋の利用客はその死体と対面を果たしている、よって利用客の二人が共謀し示し合わせたのでは、これの推測が最初に有力視されました。ちなみに利用時間過ぎてもフロントに戻らないお客の様子を見にやってきた係員によれば死体は一時間前に部屋を借りた人物に間違いはない見間違い天地神明にかけてありえないと、うーんとですね……これがまた厄介な所でして、このホテルはいわゆるリゾートホテル、都内の僕らがよく利用するホテルとセキュリティ面では雲泥の差が見て取れます。たとえばホテルを出る際には必ず地下駐車場のフロント前の通過を義務付けていましてね、徒歩での接近、入館はできないようで、建物の正面に構える木製の大階段は飾りと神様の通る道、というなんだか宗教めいた理由が何度目かの聴取、これは支配人の証言から次のように得られています。『彼らの住まいである土地を汚し壊しそこに住まう、住居を奪い去った報い、彼らの住まう場所を確保した、私たちは歩いてはならないのです』、とまぁ、神社の参道のような考えなのか途轍もない面積に生える木を伐採したわけですし、それなりに後ろめたい心情とやらを自然災害の報復を見越し、先手を打って怒りを沈めた、といった具合でしょうか。支配人山城さんの個人調査履歴を当たってみましたけどねぇ、四人家族、二人の娘は独立し現在は単身赴任、住まいは首都近郊といたって普通、特別な宗教に傾倒した過去は見当たりませんでした。土地柄、旧土人たちの宗教理念になびいた、というのが大階段の建設理由かと……意匠を目的には、二の次だったと僕は思います」