コンテナガレージ

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熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

「どれかひとつ豆を選んでください」話は聞いていた、美弥都は片目で物を言う。
「まだ準備段階だと支配人さんが……、いえいえ、もうそれはいだけるものなら、はい。しかし、どれがどれ、といいますか、違いが僕にさっぱりでして」
「どれも同じに見える、違いを見出すことは外見では難しい」確認、独り言とも受け取れる美弥都の吐露。彼女はひとつ瞬く。「最上段が煎りたて数日経過、一段ごとに二日を加算、一番下が二週間前生豆に火を煎れた古い品物。豆の鮮度を選択の基準に鈴木さんは据えているでしょうか?」
「いきなり言われましても」鈴木は首をかしげる。「素人考えで言うと、日が浅い豆は酸化の進みは遅くて反対に二週間も前となるとかなり渋みというか酸味が想像される。だからといってその中間が最適か、とは思えない。これだけ並べてるんですから、それなりの複雑な要因、僕の知らない豆がいろんな作用でもって味に変化をもらすんではあるまいか。いや、これはその、はい、以上です」鈴木は睨まれて口を閉ざした。
「品種、産地、農園の表示ラベルがビンに張られる、それらを基準に選ぶ、これは既にやりつくした手法。選ぶ楽しみ、自らの舌の精度を確かめ判定を下す空間にここを仕立てあげる。決めました、私だけが豆の基本情報知る。お客様方にはその人たちの選択をここでは味わってもらいます」
 鈴木を促し、ひとつを選んでもらい作業に取り掛かった。豆を取り出す動作を始点に提供までの時間を測る。引き出しに見つけたキッチンタイマーは抽出時間の計測に使う、腕時計をはめてて正解だった、美弥都は重苦しい腕時計に漸く今回の装着での価値を見出した。
 彼女は作業と鈴木が吐き出す煙の行く先を数瞬手を止めて眺め、また提供品の製作を続けた。
「ひとつご相談なのですけれど」鈴木は間を計って切り出す、一分ほど経っただろうか。「捜査資料のコピーです。良ければ暇つぶしに、ホテル内に滞在されるんしたら身動きが取れないだろうし、と……」彼は何度か私に事件の捜査協力を仰ぐ。こうして現場に赴いたことは存在を否定する神に誓ってあってたまるものか。市民の役割をこれは大いに逸脱してる、はっきり伝えてある。にもかかわらず提案は定期的数ヶ月に一度季節の変わり目にもたらされる。彼の所属自体が未解決・不可解を扱う、弥が上にも、である。
「なぜ今なのでしょう?」冷たく美弥都は尋ねた。
「SNSへの書き込みが発端、次が部署内へ電話通告、そして手紙と立て続けに二年前の事件を知らせるものですから」
「休暇をかねて鈴木さんが抜擢された」
「いつもながら感心しますよ、その洞察力は。やっぱりどこかで僕らの動向を観察してるとしか思えませんよっ」
「あなたのその〝私〟ならば、こうしてここであなたとは会わないでしょう。その〝私〟は接触を避けます」
「はっはっは……ですよねぇ」鈴木は苦笑いを浮かべたかと思うと神妙な顔つき、小鳥のごとく首を細かに周囲へ警戒心を払った。「そんなこんなで僕、しばらくこちらに泊り込むことになりました」ホテル側や支配人が許可を出した事件の解明を主眼とする背景を最優先にという希望とのそのほか、怪奇現象に絡む事件の蒸し返しに歯止めをかけられれば。狙いはそちら。