コンテナガレージ

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熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 6

「食事の提供は如何に申し出を受けようとルームサービスの一切をはじめから断る姿勢を貫く、お分かりいただけたらお手数ですが、宿泊者名簿とこちらにもサインをご記入ください。トラブルの際にこちらの承諾書を提示させていただき、場合により退館を願い出ますので、なにとぞご了承を」
 大げさといえなくもないのかも、鈴木は車に積んだ荷物を借りた部屋に置くとホテルを出た。行道で見かけたレストラン(雑誌の記憶が確かなら有名な自家製チーズが食べられる)で一人夕食をにありつく。これが夏休み、連れ立ってくれる恋人も友人すら最近では連絡を取り合う仲は随分かけ離れた関係に移行してしまった。窓際に座れたのは不幸か幸いか、彼は両端をにぎやかな会話で包んでいっそのこと公開処刑にでもかけてくれれば、慰めにもなり、部屋に持ち込むアルコールで冷えた体と萎んだ心臓をふっくらふやかしてでもいいよ、戻してくれるっていうのにな……。まだ八月だが北の大地にはもう秋の気配が染み出しているじゃないか、会話にまぎれた虫の音色は演奏者が順次場所を後続に譲る、鈴木はジビエ料理を飲み込む。家畜として飼わない、あえてこれは狩猟による恩恵だと公言をしたがる。単に駆除のため、ではいけないのか。美味礼賛とはいえず、けれど命を失わせたのだから後始末の義務を負う、廃棄は世間体も悪いしそれになりよりまだまだ獲物はこの間も繁殖し増殖を重ねるのだし、じゃあ食べようか。まったくもって贅沢。しかもそれで生活を立てようっていうんだから、環境とか愛護とか人間っていうのはどこまで狡猾で正当化を認めさせる生き物なんだろうか。深い赤と薄い黄色い液体は一滴も、鈴木はそれほどアルコールに興味のない人種なのだ。
 おなかが膨れた、皿を下げてもらう、半分も食べられなかった。
 アルコールも買わずコンビニによることもなくまっすぐホテルに戻った。
 考えさせられるな。彼は木に囲われる室内、白木の床に胡坐を掻いて、虫が入ってくるものお構いなしに、いつもならばリスクを避けるはずも、気が大きくなったと知りつつなんだか月を眺めていたい衝動に駆られる、まんまとホテルの思惑に靡いたのだ。
 けれど、良かったのかもしれない。仕事を一瞬でも忘れれるのは自室ではできないことだ、新しい環境に慣れる迄はこうしてリスクを上回る好奇心が行動を牽引することだろう。タバコを吸えるのは良かった、さわさわ揺れる葉の黒い塊と切り取った月部分の丸、なんだか背景は黄色一色なのではと思う。穴に光が差し込んで、眼下を照らす。光源は窪んでいてさ、膨張、厚みと丸みを僕は見せられてる、そんな風に見入る。
 あの人は石に囲まれた部屋だろうか、同じ月を見てたら繋がりを勝手に感じられるんだけれどな……。仕事だ、これは仕事だ、鈴木は邪念を振り払って千切れんばかり首を振った。髪が頭部の後を追った。そろそろ散髪に行かないと、いつもおもう、後ろ向きな時ほど昔の細胞を保持したがる。煙が流れた、外に吸い込まれるかと思いきや驚いて戻った。上半身に浴びて、吐き出した唾を感じた。外は煙を嫌うのかも、あの人のようにそれは毅然と意思を表明する。見ていない、あって当然で画面に置き換わった娯楽の星をそれとなく、肩肘という無理な姿勢をとって強引に鈴木は自分を支えて見上げた。