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鹿追う者は珈琲を見ず 3

「兎洞さんはなぜ死体に呼びかけたのでしょう」問いかけはしばらく宙を漂う。彼女が独り言を呟いたように感じた、だから応えてはならない、寝言のようにどこか別の世界を生きる人へ呼びかけはいけません、僕の内部がそっと肩に触れて抑制、動くなと命じた。もう一声を待った。本物か確かめたかった。信じてはいる、だがいつもとこれまでと声の質に陰りを感じた。はっきり言い切る推測とはえらく表情はか細い不安と哀愁にまみれていた。
「なぜ応じないのでしょう」僕にそれとも事件当時の兎洞さんに向けたのか、まどろんだ意識で判別を僕は怠ってしまった。無意識に答えたのだとは思う、明瞭な意識が戻った視界には囲炉裏に見入る少女と女性の後姿が目に飛び込んでいたのだ。ねじる首、唇をぬぐう彼女のしぐさが死と繋がった。生きているのに、死んでいる。僕が見せられる意味が少しだけ分かりかけた。口角が数ミリ目じりに向かって片方だけ引きあがる。正反対の性質が同居してる、その異質がたまらなく恐ろしくしかし妖艶でなまめかしく、死の間際と誕生の瞬間をいつも彼女併せ持っていられたのか、鈴木は軽く吹き出してしまった。それには美弥都も不可思議に首を傾けた。おこがましい、ふさわしいとどこかで彼女を救えるとこちら側に生きる意味を呼び起こしてみせる、そういきまいていた自分を今すぐに燃やし尽くしてやったよ。体内で手を合わせる。僕の死に祈ったのではありません、彼女に敬服、敬意を自ずから払ってしまう、手が勝手に合わさることを望んだのです。