コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 4

 八月五日
 お客様とばったり公園で出くわした、手にはアイスクリームを私のそれと色違いのぐるぐる茶色の一本線が渦を巻く。宿泊名簿の二番目以降の空欄を埋める連れのお客様、名前は思い出せないな、けれど顔は覚えてる。相手が声を掛けたので当然のことながら私を覚えていた、この人は私を記憶してたらしい。
 解放された次の日。朝降った雨がやみ外に出る気分になった。雨上がりに観光客の足は重くにぎわうここは静かですごしやすいと思ったのに、なかなか思い通りには、ううんいつも道はぐうねぐね、曲がりくねったもんさ。バンガローを囲う石畳の外側の芝生、柵の手前、煙る遠山が望めるベンチに座って、顔を覗かれたの。穴倉に入ってて外から覗かれた気持ち、水槽の魚と犬小屋の犬と鳥小屋の鳥を覗く顔を想像したその顔。 
 さらの洋服はカラフル、イヤリングを提げて、貝殻かしら、水色の縞模様が両耳に揺れる。隣を彼女は所望した、断りたかったのに。
 一人残ったこと、小松原様は今日の朝帰ったこと、レンタカーを借りてこの辺を探索してたこと、私を見つけたこと、何かお勧めのスポットを、本心はそれだったらしい。頭が大きい、ふうわりと綿飴みたいに膨らむ短い髪。体積に対する表面積の比率が下がってしまったのね、お肉の食べ過ぎ、焼きすぎ、やわらかいのとあまいのとあぶらばっかり。
 何があっただろうか、観る場所を探すなんて「観る」といえるのか、鮮明なカメラ画像はだって想像の産物でしょうに。パシャパシャ、私は左が好きで、だからかもしれない、ひとつの場所で見ていたいの。だから厄介者だった、一人には慣れたし時が過ぎてひとりになったの。
 好きでも嫌いでもただ楽しそうで色んな所に連れてってくれる、彼女、小松原様は言うの。ああ、もう一降りだ、じめじめが押し寄せた、冷たい風を身に受けたら雨よ。鳥だって口をびしっとつぐんでる。腰を抜かした、見逃したわ、お風呂に入って寝ちゃったのよ。あのことを知りたがってた。アイスが溶ける、知らせた。食べたくないのに買ったんだ。
 言ってしまって警察たちが怒ってしまわないか、私はいいの、口うるさい家族に知れらたら面倒だなって。頭を叩かれるのはごめんだもの。対称が好き。こんもり山の稜線が整う、ああ素敵、いいわ、いいぞ。
 人の声がする、耳の奥を音が揺らす、縞々のソフトクリームを手渡された、いきなり右手が開いて掴んだ。
 体ごとねじって足音のありかを捉える。怒らせた肩だった、石畳を蹴り飛ばした左足。足りないぐらいで程度がよろしいのかも、右手と左手どちらがどちらか、また判らなくなった。ああ、縞々よ、ところがどちらも色白だった。冷たい、素足の腿がありかを叫んだ。