コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 6

 八月五日
 せっかくの休みに仕事を思い出す、結局通らずじまいの要求、鼻で軽くあしらわれるとはな。
 車を走らせる。
 目の異常はあの眼科医(宿泊客の室田と言ったか)に受けさせられた視力検査と眼球、網膜か、一通りの診断は視覚異常の疑いをかけた。自覚症状のない症例でも気につく。遠矢との仕事以外の親密な関係を何度か質問?尋問の合間にそれとなく無意識の返答を狙っていたから、あいつを庇って現場に手を加えた、それとも凶器をあの部屋から持ち出す手助けを疑ったのか?……まあ、百歩譲っても体の半分を押しつぶす、持ち運び可能な凶器が隙間を抜け役目を果たせるとは、到底思えない。
 端末をホルダーに翳す、旧式の車に純正のアクセサリーは夢のまた夢。エアコンの送風口に取り付ける缶ホルダーを代用する。ほとんど端末画面は見えなくて一向に不自由はない、実際数十分画面に触れずに帰路に着く現在省エネ機能がエネルギーの無駄を省くのさ。もっとも僕は音声を頼りに方角と距離が知りたいだけ、道は一本と時折交差点が突如として見渡す限りの平地に申し訳程度に道路が交錯したからという必要に迫られしぶしぶ信号機の青と赤と黄色が出迎えるので、S市中心部の四斜線のようなめまぐるしく行き先、走行レーン、標識を行き来する視線移動と対極。慣れたとはいえ運転手にとっては単調な道は操作を誤る居眠りを誘って田舎道の死亡事故をニュースで見てていたが、住まいを移して実感に触れられた。起こすはずもない、すでにそれが前振りだったとは誰も思わないのだろうな。

 ベッドに胡坐をかいて書くもんだから、前かがみに、首が痛い。気持ち文字を書くのは慣れた、といえるか。漢字はかなり覚えている、いや忘れずに記憶中枢を刺激する取り出しが許された繰り返す仕事の業務記録に出力が絞られたのだ、それ以外の言葉を忘れてる、身に起きた出来事振り返るに通った作業、それゆえにすらすら文字が書けた。思い込みってのはおっそろしい。

 考え事にかまけて寮を通り過ぎたんだ。走ってみやがれっての。建物は寮の一棟を残してというか、建物そのものが開拓史を紐解いてもここらに建った試しはないんだろう。各部屋のドアは道路の反対側に向かって取り付けてある、そっちは東向き。ひとつ隣の支店長の部屋は明かりが消えていた。帰宅の気配は網戸が取り持ってくれる音と風が一目散に知らせる、熱いな、そういえばクーラーの世話になったのは首都で研修を受けた半年と全国の研修先のホテルだった。首都はマンスリーマンションに住まわせてもらい、研修先は老朽化したマンションをトレーニング施設に改築したホテルに宿泊も指定された部屋にお客の目線で寝泊りをしていた。これまでの住居を振り返ると一軒家と賃貸住まいを僕は未経験に歳を重ねた。通過はしかし義務ではない。標準から逸脱してたとして、あの死体みたいに押しつぶされる対象に抜擢されてるのとは、うんやっぱり結びつかないよ、僕を、気分を静めてやった。