コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 7-1

 滞在三日目。廊下の突き当たりに凝然と構える熊の像は時を巻き戻したのか、石の脂肪これでもかと纏う。新たに作るのだろう。事件前日、石の破砕をパフォーマンス仕立てにホテル側は一計を案じた。遠目、柵を設け芸術家の〝苦悩〟を見させる。石を砕く騒音を積極的に取り入れさせた。鈴木がもたらす情報。あの彫刻家は今回も演技を選ぶとは思えない、破砕に取り掛かる時間帯を何もクレームを誘うまだ眠りについている可能性の高い午前中に行う必要性は危険を認知するならば当然選びようもないだろう、リゾートホテルは名ばかりではあっては利用客は触れ回るものか。
 石を破損から救う梱包材は役目をまっとう、力なく彫刻家の足元にひれ伏す。クッション製に飛んだ空気を内包するタイプとその外側にもう一層使いまわす青い厚手の布が亀の甲羅のようにひっくり返る姿であちらこちら柔らかい腹を天井へ半ば恥らうよう楚々と向けていた。大胆、手を入れた一撃を見させられた、そこに立っていては仕事に支障をきたす、背中が語る言葉を読み取る日井田美弥都は出勤場所の喫茶店へ足をくるりと向けた。
 一名、一時は二名の入館を確認したと支配人から報告を受けた。開店準備に取り掛かるべくエプロンを首に掛けた。時刻、逆算をする、訪問者は早朝に家を出た。タクシーの到着と駐車場の通過は、音もなく差し出される持ち運び用の端末画面で視認を果たす。報告主は係員の遠矢来緋である。美弥都は掃除用具を階段の段差から取り出す、「そんな所に」という遠矢の初見のような驚きはわざとらしく聞こえた。
 一人は送迎の役割を果たすと早々に建物を立ち去った、それだけなら報告は確認後に躊躇いなく忘れるのだ。もう一人が厄介。名前、文字情報の取得は間違いだった、美弥都は珍しく後悔の念に駆られた。しかし仕組まれた罠であるといずれここへ顔を見せる手はずは整えてしかるべき、私ならば手配する。ファーストコンタクトに備えられた、と受け取るべきだろう。彼女は手早く慣れ親しんだあたかも通いなれた店のごとく、フロア内の掃除を完遂させた。その間、傍観者の遠矢は階段に腰掛ける姿をこちらに見せ付ける、まだ話し足りない用件、それは私個人の意見がウエイトを占めるのだろう、まったく、そうまったくである。
 コーヒーを振舞った。時間を作り出す、これを飲んだら席を立て、いくら頭が弱いとはいえ、仕事を積極的に妨げ邪魔を入れる行為を知らん顔を浮かべてまで得ようともくろむ情報は、明らかに係員の業務を逸脱してる。言わずもがな私は『お客』を迎える立場である、彼女への返答に構っていられはしない。