コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 9-1

 美弥都へ解説をお願いに上がる資格をまず僕自身一挙にめまぐるしく流れ、駆け抜けたこの数時間をまとめあげて漸く話を持ちかける、第一のステップに足をかけられる。地下駐車場に停めた自家用車の運転席、見送る警察車両が走り去った。石が跳ね返す走行、エンジン音のくぐもった音質を閉じた視界に感じ取る。……戻るとするか、鈴木はわざと踏み外す、まだ浅い記憶の底へ流れた。
 
 かんかん、かつん、かつん、彫刻家の安部が西側の南北に伸びる通路にいた。思いついた脱出方法を確かめに起き抜けの寝ぼけ眼の朦朧とした意識にも拘らず(僕にしては)受話器を取りフロントに『ひかりやかた』の開錠をお願いしたのだ。夢で見た光景を忘れてしまわないうちに、寝癖もかまわずもちろん髭も剃っていない。歯磨きだけはエチケットとしてそれでも手早く済ませ仕事着の着古したスーツに袖を通した。焦りとズボンは最悪の相性、すっかり忘れて僕はバスルームから片足立ちに通路にそして壁に体を一度預けて持ち直したかに思えたバランスが、差し込んだ右足側に体重を傾けたら、そのまままだ体温の残るダブルベッドにひっくり返った。関係ないことだこれは、瑣末なことこそ良く覚えて思い出せるのはいかがなものか、ああこうして付き合ってる間に記憶はどんどんかすれ薄れる。さあさあ、気合を入れ直す。
 気合は入れるもので直すとそれは一定時間維持される、あるいは意識的にするような類の現象、いや行動、うんいや、動機なのだろうか。はい、そこまで。ロリポップが進路ふさぐストップをかけた。わかっています。続き、続き、鈴木は思い出す。
 一階の『ひかりいろり』の前で兎洞桃涸が出迎えてくれた、思い過ごし、卑下することもなかったんだ。無理やり宿泊をねだったお客たちは誰一人この部屋の利用を申請、予約をしていないと彼女から告げられる。二年前の事件発生の同日に宿泊を希望する、自分ならば興味本位が勝って兎に角現状を目に焼き付け土産話のひとつにでもと企む、だってそうではないと融通をホテルに聞かせた理由は説明がつかないおかしな言動となってしまうんだし。まあ、しかしなにより気兼ねなく時間を気にせず室内を調べることは今日に限ってはできそうだ、僕は兎洞に、丸まる利用開始から閉鎖までの貸切を希望した。もしお客様が利用を願い出たらそのときには権利を譲ることを約束してくだされば、こちらとしては問題はない。彼女のどこに欠点があるのか、合点がいかない、確かそのときに感じた。支配人山城は彼女たちの不手際をあらかじめこちらに到着し部屋に案内をするときにそっと打ち明けたのだった。言われてみるとフロントには似つかわしくない分厚い辞書のような記入帳が幅を利かせいたのを覚えてる。あれは業務記録、日誌というらしい。従業員は二年前と入れ替わりと増減はないそうだから、手がかりになるかもしれない。当時も調べているだろうが。