コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

鹿追う者は珈琲を見ず 10-2

「二年前のコピーです。僕、かなり錯綜してます。日井田さん、どうか僕を落ち着かせてください」黙々と書類から死体の情報を得る美弥都のこの態度は十分鈴木の話にも耳を傾けている。いちいち打つわずらしい相槌をしぐさから排除してしまった彼女、そっけない振る舞いは聞こえてる証拠なのだ。
 鈴木はどうにか立ち上がる衝動を押さえつけるも、軽く腰を浮かせ押し戻し、スツールが悲鳴をあげていた。
「備品の扱い方によりその機能が著しく損なわれた場合、経年劣化を超えうる衝撃を一定時間加えたその様子が複数に見られたら、お客といえど同質の機能かまったくおなじ製品を弁償していただく請求をしかねません。お静かに願います、あなたのため、リゾートホテルの備品はリース品である可能性が高いでしょうから」
「ぞっとしました。二桁ぐらいゼロが多い値札を想像しちゃいました」冷や汗を掻いた、ネクタイを人差し指をかけて鈴木は緩めた。
 美弥都はあの箇所で表情を変えるはずなのだ。
 ニ時間前の死体に不適格な項目欄が太い字体でもって埋まる、妙に丸みを帯た字、字によって人の性格を診断する流行ごとに巻き込まれたことが学生時代、ランドセルを背負っていた頃に襲われた。気味悪がられたのだった。科目ごと曜日ごとに書き留めるノートの字体を尖る、丸く、細く、小さく、斜め、連なり、と変える個人の所有物が教室には不釣合いのマットなピンク色のお小遣いではおいそれと手に入らない定価を背面カバーに記載した本との照合。さらし者、一人は何かと庇ったものがいた、私にしなをかけていた人物だったか、論争はクラスを揺るがす事態に私はそういった諸事情に無頓着で名指しで気味悪がられても明日の登校になんら支障もあるはずがなく、しまいにはこれこれは誰かの字に似ているからお前はあいつのことが好きなのだ、と好意を寄せる対象まで作り上げられたのは、想像力豊かな過渡期だった抑制が働く以前の過去にしまいこみ、取り出さずに失敗を失態を非礼をまるで通過してはいなかった白を切りとおし、それらしくいっぱしの人を周囲に認めさせているんだろう。美弥都はフラッシュバック要した記憶たちをシュレッダーに粉々の一辺に形を変え取り出された記憶の引き出しにしまった。
 鈴木が寄せる判断を仰ぐ熱視線をトレース、美弥都は鈴木に成り代わることを選んだ。このほうが彼の捜査で見聞きした情報が加わり、時間が短縮できる、という判断であった。

 二年前の死体は〝あの〟可能性がまだ残されていた。搬入経路を探し出せばの話だが、わずからながら希望はあった。死を迎える宿泊者と室内に入り、殺める。利用時間内に半身を圧迫し室内に留まる。係員の遠矢来緋の共犯を当時証明できていれば、逃走経路に捜索の手を広めず犯行の手順を執拗に問い質すことで、珍妙な他殺体、というだけの、ようは殺人に分類できるいつもの鈴木たちの仕事と遜色はなかったのに。口は割らない、証言は一向にままならず後退、的外れにもほどがあった。現場に居座ってしまう彼女なりの理由が存在するらしく、呼びかけが精一杯、それ以上近寄ったりまして触れることを忌避しなければなりません、そんなことが書かれていた。
 思うに、あれは災いの対象、その死体に触れると自らにも厄災の火の粉が降りかかる、きっかけを嫌ったのさ。