コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 10-3

 ひん剥いた両目、息を吹きかけられたみたいな瞳の乾き。けたたましい瞼をひらきとじる。落ち着きを取り戻した鈴木はいまや遅しと美弥都の返答を待ち構えていた、期待膨らむ左右に引いた唇がそれを表す。ページがめくられる、右隅に留めたホチキス針、大仰な前置きをスキップ、A四が一枚、また一枚、休憩時間にぶらぶら堤防に腰掛けて居場所を失った私の両足。
 鈴木はいつもの癖で煙草を咥えていた。
「どうぞ、火をつけて構いません。灰皿はご自身のを」美弥都は声だけをぶつけた。投げやりな態度が彼女の魅力を引き立てる。
「いかがでしょう?何か気づかれたんじゃありませんかね、僕から言ってもいいんですけどそれじゃあ日井田さんはへそを曲げてしまう」鈴木はパンパンに膨らむ携帯灰皿(銀色の耐熱シートを内側にあてがうボタン留め、コインケース型)を絞っては開くを繰り返し吸殻を押し込む空間形成の片手間に手元と美弥都に交互、視線を移動させた。
「一箇所」美弥都は書類を閉まう、封筒ごとを鈴木に返す、概要に目を通した、彼を納得させる回答がここでは求められているのだ、誤答であろうが私の答え。彼女は淡々と言う。「圧迫がもたらす半身の形状変化について、二年前のケースは懐疑的区分に該当します。死体構築の猶予は一時間、過去の事例は下層の生体組織が皮膚を飛び出さない絶妙な加減を施した。まず全身圧挫という断定が早とちり、静脈の圧迫を引き起こす前に被害者は息を引き取った、圧迫を免れた体表は健康体の証拠である肌色を保つ。単に口を押さえただけかもしれません、大掛かりな仕掛けを私ならば大いに活用します、搬入の必然性を高めるのです。徐々に呼吸筋を圧迫、ころあいを見計らい窒息死を後押し、息の根を止める、その後圧力を高めて完成、運び入れた使用器具、証拠品を時間内に回収した。呼吸を疎外する絶妙な按配に制御してみせた、半身に圧迫は偏る、もう片方ではかろうじて呼吸は賄えていた。そこで口を塞いだとすれば窒息は外的な素因、圧迫に基づくとの、誤った見識、口鼻閉塞から外傷性窒息、そして全身圧挫へ思い至る」
 まったく驚かされる、鈴木の眉は極端に額を狭めた。前もって吸い始めたばかりの煙草を彼は躊躇なくもみ消し灰皿も蓋を閉じた。見開いた目が語る。「この人は底が知れない、たぶん限界は存在すらしてはいないのかも。常人には見えなく彼女と同列の才能に互いの全体像がかろうじて見えるんだろうな……。羨望はここまで」、気を取り直す鈴木は不意に浮かんだ疑問を積極的に尋ねた、いつもならば躊躇うはずである。死体と対面した直後の興奮冷めやらぬ、ということかもしれない。
「お聞きしますよ。検死報告を読まれた末に導いた結論なのか、先ほどの類似する死体発見の報告が少なからず日井田さんの意見に反映したのかどうか。まどろっこしいですけど、僕……」美弥都が遮る。
「二年前、当時の資料をいただいた私が過去に存在をしていたとして、おそらく回答は拒んでしょうね」細い腕、袖をまくった白い前腕を組む。