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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 1-4

「二年前と今回、関連性を疑っていいのかそれとも偶然の域を出ない夏の休暇時期が揃っただけのことなのか、とはいえ宿泊者は僕と日井田さんを除くと状況は事件当日を再現したとも思える」鈴木は低い声で唸ったかと思うと世話しなく顔を上げた、パーツが広がっていた。「そっくりに現場の状況を仕立てて何か得があったんでしょうか?つまりです、犯人を知っていてそいつに『私はお前の犯行を見抜いたんだ』、と知らしめる、当人は自白もしくは指摘に怯える姿を遠目から観察してほくそえむ。すると次の行動は、今後係員と宿泊者たち同士、何らかの接触が起こるはずですよ!」大声に彼はとっさに口を覆うも、テーブル席の彫刻家安部はちらり届いた音の位置を視界に入れるとまた手元を顎を引いて視線を戻す、彼女は飲み物を頼まずにベンチシートで休憩を取る。昨日は数十分間彼女が手がける像をそっくり真似ていた。ああやって像と対話をするのかもわからない。通路に充満する打音は睡眠に配慮してか店の閉店時間には途切れていた。また彼女が仕事に打ち込む姿を美弥都が通路に出るタイミングはことごとく噛み合わずに、床に着座し丸まり熊の像を崇拝するがごとく羨望の眼差しで見上げる、背中が彫刻家の仕事振りであった。
 鈴木はどうやら私に訊いていたらしい、山城と二つの顔がこちらに発言権を押し付けていた。
「裁判沙汰を恐れた彼ら係員の手帳に私たちの調査を呼び込んだ。当時の警察が調べた同様の箇所を紐解き直す、誘導は無意味でしょうね。類似の事件が起これば、取り掛からざるを得ない、履歴が手元に事前にしかも携えて私たちはここを訪れた。そもそも二年前の調査に訪れたのですから、確実に捜査資料を今回と照らし合わせる」美弥都は事件を簡単にまとめた。彼女自身ここへツールのひとつとして呼ばれたという認識は常にあったのだ、ホテル内の喫茶店員の代役に昨年獲得したJbrC優勝の称号が必須の雇用条件だと言い張る私をこちらへ引っ張る口実に思えてならなかった。
「やっぱり呼ばれて来た……奇しくも二人目、二回目の事故が僕らに蒸し返しを催促した」
「鈴木さん」山城の顔つきは神妙に、そして居ずまいを正す。「できれば二年前の事件をそっとしておいていただきたいのです」
「これはぁ!」鈴木は音声を絞る。「いいですか、山城さん。あなたも含めた館内の人物全員に今容疑はかかる、それに二年前の模倣を見過ごすには類似点が多すぎますよ」
「来週には新規のお客様が来店されます。それまでに捜査は終えてもらえるのでしょうか。ずうずうしい要求だという自覚はあります、ですが、何とか、週末には事件が解明されホテルに安心してお客様を迎えられる環境が望ましい」
「手間が省けますからね」
「日井田さんっ!」鈴木が嗜めた。事実を言ったまでである。
「日井田さんの意見はごもっともです」山城は素直な態度で美弥都の意見を真摯に受け止める。右手はグラスを握っていた。「協力はいたします、このような事態に業務も通常のサービスを提供し続ける自信ははっきり言ってありません」四つの数字の腕時計を確認、彼は息を吹き返したように立つ。「本部の指示を仰ぎつつ私はそろそろ館内の見回りに出なくては、何かありましたらフロントか通路の私に声をかけてください。鍵は鈴木さんにお渡ししてありますし、お客様の当面の『ひかりいろり』の利用は止めておりますので、御自由になかご覧いただいて結構ですので」
 使命感をたぎらせた様子の山城は小走りに階段を駆け上がる、ホテル業務に戻った。
「僕、もう一度調べて見ます」鈴木は立ち上がってコーヒーを飲み干した。「どうして今度は右半身だったのかを重点的に調べてみようと思います」