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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-4

「すごーい。すごいわ。ねえ、店員さん、私が会った人であなたが一番賢い」
「単なる推測でしょ。それぐらい叔母さんにだって朝飯前」
「今は夕飯前。そうだ、ねえご飯、ご飯を食べたいぃ」上半身の揺れから少女の両足は交互に前へ進むバタ足の見本を示していただろう。
「はぁ、夜道の運転は嫌いなのよ、気味悪くって」クラッチバックを探る手に海外メーカーのエンブレムが光る。少女に、「あなたが運転してくれたら喜んで付き添うわ」、キーはしまわれ端末を代わりに掴むもホテル内の使用は制限されていた、「やってらんない」、だが諦めもどこか素直に受け入れていた。「地元の車に張り付かれて、高速を降りてここまでは来るのにもずっと煽られぱなしだったんだから」
「いいでしょう、だってどうせ外に食べに行かなきゃならないのよ。お父様言ってたよ、レストランを予約したから、チーズがおいしいお店で食べるんだぁって」
「予約?それって私も頭数に入ってるの?」
「叔母様のお誕生のお祝いですもの」海里はスツールを降りる、白のワンピースの小さなポケットからカードを取り出した。「はい。本当はお店でケーキが来る前に渡すはずだったのに、台無しなんだから、せっかく計画したのに」
 当惑の表情を隠せない室田の視線はあちらこちらさまよう。うれしさは突然に降りかかったが、店員がいる手前むげには喜べない。悪態をついたそれまでの応対が足を引っ張る、以前のまま、それに倣うよう素直な感情表現を躊躇ってしまう。美弥都は作業に手をつけて、カウンターの家族愛に薄布を掛けた。抽出し終えたコーヒーを口に含む。溶けるよう岩肌を流れる液体は低層の下降場、食道へさらりすっと消えた。悪くはない、長く何度も飲み続けるお客にはむしろ肌に、舌に適した味わいである、美弥都は作業工程を見返し、取り出しやすい引き出しへと抽出作業記録をしまう。