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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-7

「悔しかったら」室田は入り口に片耳を向ける顔のねじり。「そこの『週刊医療ジャーナル現場編』を読んでみたらいかがかしらね」
 封書を彼女は持ち込んでいた、宛先はホテル、ここへ送られてきた郵便物である。
 彼女らと入れ替わりに安部が姿を見せた。そういえば、像の制作に欠かせない打音は鳴り止んでいた。いつもの隅の席に阿部が座る、美弥都は注文を取ると躊躇せず、昨夜から朝方にかけてのアリバイを尋ねた。
「仕事を第一に一日の時間を割り振ります」消え入りそうな声である、マスクを装着するために頼りなく聞こえるよりも地声そのものの声量が小さいのだろう。「午前六時に起床します、一時間後の七時に仕事場に入ります。二階の客室への配慮は無用とは窺っておりますが、一応念のために八時まで控えている。活発な私の動きを拾う浅い眠りは朝方に訪れます、就寝時間のばらつきもありますでしょうが、リゾート地ではとかく人は日常より早起きになります」
「熊の像の前で午前七時から午前八時に怪しい人物、人影、物音などは見た、あるいは聞かれたのかを伺います」
「警察にお話したとおりです」
「二年前、事件前後に彫刻像を取り替えました。破損を見とめたのでしょうか?」
「破損した、報告を受け午前中に足を向けた。軽微な綻びは修繕を、破損・はく離であるなら作り直します」
「作業はどちらで?」
「今回は通路を選びました。名残、漂う前任者の息吹を取り入れる、普段の作業は人前を避ける。異例、と言えば、言われて見るとそのように捉えれます」
 言うべきことは話した、指を組んで彫刻家は一人の世界に入り込んだ。黒衣がこすれるほど正面下方に戻る首は機敏であった。
 立て続けに起きた事件、殺人と殺人未遂。二人の共通項は性別とホテルの宿泊者。イレギュラーな訪問も加わるのか、しかしそれを言うと係員を除くホテル内の人間は急遽宿泊を希望した面々だ。綿密な計画性がアトランダムな宿泊者たちの気まぐれな来訪をだ、予期していたことを認めなくては。美弥都はカウンターの所定の位置に戻った。立ち去った二人に振舞う試作を豪快に飲み干す。ぐるりと目を回す、違和が襲う、習得する語彙でまかないきれるのか、判断を遅らせる、遅れる。安部の注文分はもちろん前回彼女水筒を満たした銘柄の豆を選んで淹れる。コーヒーに手をつけたのは、飲み物であるから口をつけたというのが正しい表現か。私の思考はやはり散漫だ。それが彼女の本領であるのだから、正常に帰依しつつある、との言い表しが正当なのだろう。